東大発医療スタートアップ「Provigate」関水康伸CEOインタビュー(上):世界で100兆円「糖尿病医療費」を抑制する「行動変容」の力
社会におけるイノベーションの費用対効果を考える
糖尿病の治療方法は、究極的には血糖というたった一つのバイオマーカーを上手にコントロールするだけです。バランスの良い食事と適度な運動を心掛けて、適切に薬を飲めば、進行をかなりの程度遅らせることができる。つまり、患者本人の「行動変容」が最も重要です。その行動変容を促すために、グリコアルブミン(GA)を使った平均血糖モニタリングが極めて有効なことがわかってきています。 現在主流となっている血糖測定法には、SMBGやCGMなどの自己血糖測定法のほかに、赤血球に含まれる糖化ヘモグロビン(HbA1c)の糖化比率を調べる間接的な手法があります。赤血球の寿命は120日程度であり、HbA1cは直近1~2カ月の平均血糖を良く反映しますので糖尿病診断のゴールドスタンダードの一部となっています。しかし、患者さんが1日や2日、行動変容しただけではほとんど数値が変化しません。その点、GAの場合は半減期が17日間なので、数日から1週間程度の平均血糖に応じてよく動きます。つまり、患者さんが自分のGAの値を自宅で簡単に知ることができれば、食事や運動といった日々の行動変容が数値として目に見える形で反映される。それにより、モチベーションを維持する効果が期待されます。 患者さんが日々、運動や食事に気を付けるなどの努力をしても、その結果が自分で確認できないと頑張り続けるのは難しいですよね。それは患者さんが怠惰なのではなく、モチベーションを維持する仕組みを作ってこなかった、テクノロジーの怠慢です。 ――様々な病気がある中で、糖尿病に取り組もうと思ったのはなぜですか? 食事・運動・服薬をコントロールすることで糖尿病の発症や重症化、糖尿病合併症を抑えたり遅らせたりすることが出来ます。それは医療費の抑制に大きなインパクトを及ぼします。現在、世界で糖尿病に関わる医療費が約1兆ドル、合併症を入れるとさらに倍がかかっている。これは世界の医療費全体の1割から2割に相当します。テクノロジーで課題を解決する際は、やはり投資対効果が大きい課題を選ぶ必要があります。そういう意味で、同じリソースを投入した時に社会に与えるインパクトや生産性が、糖尿病ほどわかりやすい疾患領域はなかなかありません。 医療費というのは、基本的にはほとんど“社会的コスト”です。自動車産業を例に挙げると、100万円で自動車を売るとしますよね。その100万円の車を走らせることによって利便性が高まり、さらに別の産業が発展して社会全体として100万円以上の価値が生まれる。このように、いずれの産業にもいわゆる利益創造が重なっていく効果があります。 ところが医療は必ずしもそうはならない。現在の日本の医療費は年間40兆円超ですが、そのうち受益者=患者さんが払っているお金は1割ぐらいで、残りは税や健康保険で賄われています。しかも医療費の大半は現役世代ではなく、高齢者に使われている。ですから、「その患者さんを治療した結果、そこに新たな利益創造があるのか」と問われると、残念ながらなかなか「ある」とは言い切れないケースも多い。要するに今日の医療は、技術が進化すればするほど社会負担が増大するという根本的な矛盾を抱えるに至っています。この問題は世界中で共通しており、「医療=社会負担増大産業」のようになってしまっている側面があります。日本の税収70兆円ほどに対し医療費が45兆円ですから、もはや誰が考えても現状では持続可能と言えません。 そうした中にあって糖尿病の治療は、いわゆる価値創造や社会的な生産性の向上に繋げやすいと思います。例えば日本の医療費に占める割合で循環器系疾患に次いで2位、死亡率ではトップとなっているのが悪性新生物、つまり癌です。癌は発症する部位によってメカニズムや治療方法、治療薬が細かく分断されているので、何か一つイノベーションを起こしたところで、全体の医療に対するインパクトが必ずしも大きくはない。莫大な資金を投入して特定の癌に効く新薬を開発しても、別の部位の癌には全く効果がないというケースが多いのです。 翻って糖尿病の場合、個々人の日常的な行動変容によって様々な合併症の発症を抑制できるため、医療費の抑制という面でも大きな効果が期待されます。