小説家 金原ひとみさん、新刊『ハジケテマザレ』に込められた「『普通』を肯定したかった」思い
新刊小説『ハジケテマザレ』にこめられた、「普通は尊い」というメッセージ。金原さんが若者に贈るゆるくて優しい応援小説とは!?
みんなが安心できるシェルターみたいな小説が書きたかった
人気のイタリアンレストラン「フェスティヴィタ」でアルバイトをしている若者たちの愉快で切実な日々を描いた金原ひとみさんの新刊『ハジケテマザレ』。個性豊かなキャラクターが、ドライブ感のある筆致で生き生きと描き出される疾走感あふれる小説だ。 「この作品を書こうと思ったのは、子どもがきっかけなんです。2018年まで6年ほど家族とパリで暮らしていて、そこで私が仲よくなった友達と、今でも数年に1回、子連れで会うことがあるんですね。うちは今、長女が高校生で、次女は小学校6年生。そこに友達の子どもが加わって、最初はバラバラで気まずい雰囲気なんですけれど、次第に居心地のいい空間を作って楽しくやっていて。その自然発生的なわちゃわちゃ感が面白くて小説にしたいと思ったんです」 舞台をバイト先にしたのは、「拘束力のない、ゆるいつながりを書いてみたいと思った」からだ。 「私は子どもの頃から学校が苦手だったんですけれど、バイトだけは楽しくて通っていたんです。最初のバイト先はファミレスで、接客しながら敬語を覚えたりして。学校のように同調圧力もなくて、ゆるくそこに存在できるのがとても居心地がよかったんですよね」 物語の中では、ゆるい関係ながらもバイト仲間が互いに認め合い、それぞれに自分の“役割”をみつけていく。 「主人公は、自分が普通で、ほかのバイト仲間のように濃い個性がないことをコンプレックスに感じています。でも、今回はそれを圧倒的に肯定したいと思ったんですね。『普通は尊いし、普通は貴重だし、普通はむしろ普通じゃありません』というセリフが出てくるように、強烈な個性はないけれど、彼らはバランサーとして、社会で大きな役割を果たしている。なくてはならない存在だと作品では言いたかった」 こんなふうに「『普通を尊い』と思えるようになった自分のこともちょっと気に入っている」と金原さんは笑う。 「この前もライブで、隣にがんがん当たってくる男の人がいて、やり返してたらにらみ合いになったんですけど、友達がすっと黙って間に立ってくれて。そういうことのできる人って、素晴らしいなと思いました。」 「若い頃は逆で、同じようなテンションで闘ってくれない人に対して、すごく腹が立ったんですけれど、今の時代、そんなことでは社会は成り立たないんですよね。摩擦を避ける今の若い人たちのことも肯定的に見られるようになって、私自身も呪縛から解放された感じ。私も闘うのは小説の中だけにしようと思います(笑)」 舞台がレストランということで、美味しそうな料理が出てくるのもポイント。中でも金原さんも大好きというカレーは、様々なバリエーションが登場し、作品を読み解くキーワードに。 「先日、落合陽一さんのラジオに出たら、落合さんが『カレーに勝てる食べ物はない』って言うんです。何でもカレー粉を入れたらカレーになっちゃう。つまりすべての料理はカレーか、カレーになる前の料理か、この二つであると。普段見ている世界を裏側から見ることを誘導してくれる――そんな奥深さがカレーにはありますよね」 ちなみに小説のタイトル、聞き覚えがある人もいるのでは。 「HEY-SMITHというバンドが主催しているフェスがありまして、そのフェスの名前が『HAZIKETEMAZARE』、通称、ハジマザなんですね。素敵な名前だなと思っていたら、友達が『これ、ドラゴンボールのベジータのセリフだよね』って教えてくれたんです。音の響きがすごく好きで、まさにみんなが混ざっていくような物語を書きたいと思っていたので、ぴったりのタイトルだと思いました」 混ざった先の新しい景色は彩り豊かで、物語のラストには爽やかな希望が感じられるが、残念ながら現実社会は、差別や偏見、分断が渦巻いている。 「家庭内、学校、会社、まして国と国となったら諍いが絶えないし、安心して過ごせる場所がないと感じている人も多いと思います。だからこそ安全な場所が現代人には必要で、今回もひとつのシェルターになるような小説を作りたいと思って書きました。もちろん人々から余裕をそいでいっているのは社会や政治ですけれど、そこにまったく期待できない状況に今はなっています。個々人がそれぞれ、自分を守る手段を模索する必要にかられているように感じています」