片岡義男の「回顧録」#2──ゴローの若さが、僕に500ccを選ばせた 『スローなブギにしてくれ』とホンダドリームCB500FOUR
片岡義男が語る、1970~80年代人気オートバイ小説にまつわる秘話。第2回は『スローなブギにしてくれ』とホンダドリームCB500FOURです。 【画像】HONDA CB500FOURミニヒストリーの画像を全て見る(全5枚)
『スローなブギにしてくれ』という短編小説の主人公が乗るオートバイはホンダの750㏄しかない、と初めのうちは考えていた。口数の少ない実直な男で、やるべきことを正しい順番で正確にひとつずつやっていく男、という性格を考えていたからだ。しかしストーリーを作っていくにしたがって、このような性格ではない、という思いが次第に大きくなっていき、最後には、その性格設定に合わせて、オートバイを変更しなくてはいけないことになった。 主人公の青年は、まだ少年のようであり、不安定な部分を多分に残しつつ、いま少し成長したいと願っていながら、その願いはいまのところかなう様子は見えない、という状態のなかにある、という設定になった。物語がそのような男性を必要としたからだ。ほんとは750に乗りたいと思っていながら、いまの自分を冷静に第三者の視点でとらえるなら、絶対に750ではないと結論している醒めた部分のある、まだごく若い男、ということにした。 排気量は当然のことながら750より下まわる。いくつがいいか。750への憧れを残してのいまの彼のオートバイなのだから、500しかないだろう、という結論になった。4気筒の500だ。このオートバイを彼はまだ扱いかねている、という状態もどこかに少しでいいから出しておきたい、とも僕は思った。走りかたのなかに出ているのがいちばんいい、と忠告してくれた人がいて、その忠告に僕は賛成だった。4気筒の500を扱いかねている走りかた。これを物語のなかで文章に出すのは至難の技だから、当時の僕にこなせたわけがない、といまでも僕は思っている。 750に乗る男は、二年くらい前にようやく短編のなかに作ることが出来た。4気筒のそれぞれから排気管が出ていて、カーヴしながら二本ずつ左右に別れていくあのマフラーの印象は強烈だった。この印象を抱いている女性が彼の750を立ちどまって眺めるところから、彼と彼女との関係が始まっていく。 オートバイから生まれてくる物語はいくらでもあるなあ、きりがないなあ、とつくづく思う。関係が始まる以前、まだおたがいに口をきいたこともない頃のふたりが、峠道をオートバイですれ違っていた、という伏線を張ったのだが、このエピソードは気に入っている。あまりにも気に入っているから、また別の物語のなかで使いたいと思っている。そのためには、物語をひとつ、作らなくてはいけない。 文=片岡義男