マティスの色彩と光を体感できる展覧会へ|青野尚子の今週末見るべきアート
「この肘掛け椅子はマティスがとりわけ気に入っていたもので、何度も絵に描いています」と米田さん。展示室に何枚かある絵具パレットからはマティスの色彩の秘密が覗けるような気がする。
セクション3「舞台装置から大型装飾へ」では衣装デザイン、壁画、テキスタイルなど空間とより密接に関わるマティスの仕事を紹介する。なかでもアメリカのコレクター、アルバート・C・バーンズから依頼を受けたバーンズ財団の装飾壁画に関する展示は必見だ。会場では習作としてつくられた版画のほか、実際の壁画が出来上がっていく様子がプロジェクションによる映像で紹介される。
展覧会タイトルと同じ「自由なフォルム」と題されたセクション4では、主に切り紙絵による作品が紹介されている。70歳を過ぎて体調を崩したマティスは、アシスタントに手伝ってもらえば壁画やステンドグラスのような大きな作品もつくることができる切り紙絵を多く制作するようになった。色を塗った紙を切り、アシスタントに指図して大きな紙の上で切り紙の位置や向きを変えてもらうことで、さまざまな構図を検討できる。
会場には1947年に出版された『ジャズ』などが並ぶ。切り紙絵をもとにしたタペストリー《ポリネシア、海》はよく見ると、白いところでも織り方を変えてテクスチャーの違いを表現している。切り紙絵でも一枚の紙の中で色がグラデーションになっているものもあり、マティスが色や質感によってさまざまな実験をしていることがわかる。
修復後、初めての公開になる《花と果実》はアメリカのコレクターから注文されたもの。ヴィラのパティオ(中庭)の装飾として依頼されたものだ。
縦長の5枚のカンヴァスによるものだが、カンヴァスの幅は少しずつ異なる。両端には柱が描かれ、トロンプルイユ(だまし絵)のような効果も感じられる。マティスはこれを絵画としてよりは建築空間として構想していたのだろう。
〈ヴァンスの礼拝堂〉は1947年、ドミニコ会のルイ=ベルトラン・レシギエ修道士から相談を受けたことがきっかけとなって生まれた、マティスの総合芸術といえる作品だ。このプロジェクトには1948年から同じドミニコ会のマリー=アラン・クチュリエ神父が加わる。クチュリエ神父は教会建築に現代美術などをとりいれる「アール・サクレ」(聖なる芸術)という活動にも携わっており、後にル・コルビュジエと〈ラ・トゥーレットの修道院〉などで協働している。