話題の映画『マエストロ:その音楽と愛と』夫婦の互いへの愛は等分ではない【今祥枝の考える映画】
BAILA創刊以来、本誌で映画コラムを執筆している今祥枝(いま・さちえ)さん。ハリウッドの大作からミニシアター系まで、劇場公開・配信を問わず、“気づき”につながる作品を月1回ご紹介します。今回は、レナード・バーンスタインとその妻フェリシアの関係にフォーカスした映画『マエストロ:その音楽と愛と』です。 【写真】映画『マエストロ:その音楽と愛と』より
偉大な音楽家レナード・バーンスタインと、その妻フェリシアの複雑な関係
才能あふれる音楽家レナード・バーンスタインと、彼のことを誰よりも理解し、人生をともに歩むことを決意した妻フェリシア。監督・脚本・出演をつとめたブラッドリー・クーパー、妻役のキャリー・マリガンらは、アワードシーズンの最中、第81回ゴールデン・グローブ賞ほか多くの賞にノミネートされている。 (右)愛情深く、知的で芯の通ったフェリシアの複雑な胸の内を、繊細な演技で伝えるキャリー・マリガン。『17歳の肖像』と『プロミシング・ヤング・ウーマン』でアカデミー賞主演女優賞にノミネートされた実績を持つ。本作で3度目の候補にして受賞となるか。 (左)レナード・バーンスタインを演じるクーパーは、6分間の楽曲の指揮の習得に6年をかけたという。完璧な役作りは出色の出来! ただし、役作りにおいてはユダヤ系アメリカ人を演じる非ユダヤ人として、特徴的な鼻を付け鼻で再現したことには批判もある。
読者の皆さま、こんにちは。 最新のエンターテインメント作品をご紹介しつつ、そこから読み取れる女性に関する問題意識や社会問題に焦点を当て、ゆるりと語っていくこの連載。今回は、多くの有力な映画賞に名乗りをあげているNetflix映画『マエストロ:その音楽と愛と』です。 ユダヤ系アメリカ人の指揮者、作曲家でピアニストとしても知られるレナード・バーンスタイン。20世紀後半のクラシック音楽界をリードした偉大な音楽家ですが、一般的に身近なのは、作曲家として『ウエスト・サイド物語』(1957年初演)などのブロードウェイ・ミュージカルの楽曲でしょうか。 『マエストロ:その音楽と愛と』は、レニーの愛称で知られるバーンスタインと、チリ出身の俳優でピアニストのフェリシアとの出会いから、晩年までの夫婦の関係を軸にしたドラマです。あくまでも、妻や子どもたちから見たバーンスタイン像であることは留意する必要があります。 『アリー/スター誕生』に続き、ブラッドリー・クーパーが監督、共同脚本、主演をつとめた本作は、クーパー入魂の演技に、まず圧倒されます。エネルギッシュで、体を大きく動かしながら全身全霊で指揮するパフォーマンスや、常にハイテンションで愛情深く人好きのする、人生を謳歌する人物像には非凡さがある。同時に、家族にとってはよき父親であったこともよく伝わり魅力的です。 一方、実質的な主役と言えるのは、演技派俳優キャリー・マリガンが演じる妻フェリシアでしょう。自らも舞台やTVで活躍していた彼女は、バーンスタインのことを誰よりも理解し、愛し、信じてともに生きる決意をします。 3人の子どもに恵まれ、仲睦まじい夫婦としてマスコミに露出することも多かった二人。ですが、メディアによって美化されたイメージとは裏腹に、二人の間には数々の困難がありました。 バーンスタインほどの稀有な才能を持つ男性を夫に持つことに苦労があることは、想像に難くありません。より結婚生活を厄介なものにしたのは、バーンスタインが二重生活を送っていたことです。