「京都、こわくない?」長年暮らしたNYから縁もゆかりもない京都に移住した理由
京都に行ったことはありますか? では、京都に住んだことは? 実際に移住するとなると、身構えてしまうのが京都。 【写真】人っ子ひとりいない…コロナ禍でのNYの地下鉄ホーム なぜならなんとなく「よそ者にこわい」イメージがあるから……。 ニューヨークで9年暮らしコロナ禍を経て、縁もゆかりもない京都に移住したのは、エッセイストとして活躍する仁平綾さん。 仁平さんが「偏愛シティ」と語る京都は、ニューヨークから日本へ一時帰国するたび足を運んでいたお気に入りの場所だったという。実際に住んでみてそれはどう変わったのか。 仁平さん的”ほんとうの京都”をエッセイに綴った一冊『京都はこわくない』(大和書房)の「はじめに」から抜粋してお伝えします。
「私はなにと闘ってるんだろう?」ニューヨークから帰国した理由
「京都、こわくない?」 2021年春、ニューヨークから縁もゆかりもない京都へ拠点をうつしたあと、友人知人から何度もそう聞かれた。 ん? なんのこと? こわいって、なにっ!? とは、もちろん思わなくて、「こわい」がなにを意味するのか、うっすらわかる。だから聞かれるたびに、苦笑いしてしまった。 私みたいな移住者じゃなくても、観光で京都を訪れたことのある人、テレビやSNSで京都を見聞きしただけの人にだって、”京都こわい”の共通認識がたぶんあるはず。老若男女から親しまれている京都は、同時にまた恐れられてもいるのである。 話はそれるけれど、ニューヨークに約9年暮らした私(と日本人の夫。以下オット)が、なぜ京都に移住したのか。よくたずねられるので、その顛末を記しておきたい。 2020年3月、COVID(コロナ)の大流行により、ニューヨークではレストランや美術館がクローズ、街はゴーストタウンと化した。不要不急の外出を避けるステイホームと、他者と距離をとるソーシャルディスタンスが社会の新ルールとなり、私のニューヨーク生活はパラレルワールドに来ちゃったの? というぐらい、さまがわりしてしまった。 美容師のオットは休業。臨時の春休みだ! なんてのんきに喜べたらよかったけれど、そのころは恐怖しかなかった。ただでさえ、びびりな私。ニューヨークでは日を追うごとに感染者が増え、死者数も激増。ブルックリンの我が家の外では、忙(せわ)しなく往来する救急車のサイレンが一日中なりっぱなし。 私だっていつ感染して死ぬかわからない……。どうしよう。怖い。 冗談でもおおげさでもなく、本気で怯えていた。朝ベッドで目が覚めたとき、喉にイガッとした違和感を覚え、「おわった……。COVIDだ……」と背筋が凍ったこともある。 世の中から突然ぷつりと切り離された、不安な自粛生活は、心をじわじわ蝕んだ。無気力になって、丸一日なにもできない日が増えた。そうして初夏のある日、ソファに寝転び、青空を仰ぎ見たときのこと。 私はなにと闘ってるんだろう? もうここから離れてほっとしたい。故郷へ戻りたい。 不意にそんな感情がこみあげて、日本にいる家族や友人たちが恋しくなった。「日本へ帰ろう」。そう決意した瞬間だった。あとから聞いた話だけれど、オットも同じような時期に彼なりの理由で、やはり帰国を決めていたらしい。 ほかにも帰国を後押しした要因はあった。迫っていたビザの更新。黒人への構造的な人種差別に抗議するBLM(ブラック・ライヴズ・マター)運動が盛んになり、便乗した暴力行為や略奪が白昼堂々行われたこと。アジア人への差別と、ヘイトクライムが急増したこと。 私の知っているニューヨークの街が変容していくようで、悲しかった。あんなに愉快で奔放な、愛すべき街だったのに……。気持ちがニューヨークから剥がれてしまったのだった。