フェアーグラウンド・アトラクションが語る日本での再出発、名作の誕生秘話、解散の真相
スプリングスティーン、月、ワルツのリズム
―今の話につながってきますが、これは20代の男女の「若者たちのアルバム」でもあります。 マーク&エディ:そうだね。 ―そういった点で、サウンドはまったく異なりますが、ブルース・スプリングスティーンの初期の作品のロンドン版みたいなものと言われたことはありません? つまり、若い男女が自分の育った世界から自由と可能性を求めて抜け出そうともがいている。 マーク:「ボーン・トゥ・ラン」とか? ―ええ、「ボーン・トゥ・ラン」とか「サンダー・ロード」とか、ああいった曲のロンドン版ではないか、と。例えば、人気曲「ハレルヤ」の歌い手は新しい恋人とカウンシル・ブロック(低所得者向けの公営住宅)から抜け出したいという思いを空に飛ばす凧に託しています。 マーク:うんうん。ここを抜け出して……もっと良い人生を見つけようと。 エディ:希望を信じてね。将来への希望を。 マーク:1980年、スプリングスティーンがアルバム『ザ・リヴァー』を発表して、ロンドンのウェンブリー・アリーナにやってきた。当時の僕にはチケットが高くてね。それでも会場に行った。なんとか入り込む手段はないかと思ってね。そうしたら、コンサートが始まって数曲で会場を去る女性がいて、未使用のチケットが2枚あると言うので、1枚16ポンドで売ってもらった。そうしたら、待って、こういうのも一緒にあるの、とくれたのが、バックステージパスだった! それで、アリーナ前方中央の席でブルースが「ザ・リヴァー」を歌うのを観て、終演後は生まれて初めてバックステージに行った(笑)。クイーン、ブームタウン・ラッツ、イエスと、ロックのレジェンドたちだらけさ。Eストリート・バンドのメンバーがやってきて、クラレンス・クレモンズは両腕にブロンドの美女を抱いている。凄い光景だった。酒はタダだしね。でも、やがてみんなが帰り始めた。ブルース本人は出てこなかったんだ。僕は絶対にブルースに会うんだ、と帰らずにねばっていたんだけど、結局誰もいなくなり、「もうお帰りになってください」と言われた。そのときにウェンブリー・アリーナに残っていたのは、僕とブルースだけだったわけさ。それで、ステージ袖を通って帰ったら、バンドやクルーの使う扉の向こうにブルースが座っているのが見えた。それがそのときのスプリングスティーン体験だ。 エディ:ブルースは紅茶の砂糖を借りに隣の部屋にやってきたりしないのね。 マーク:数年前にEストリート・バンドのゲアリー・タレントと一緒に曲を書いたんだ。彼は僕に会えて喜んでいたよ。彼は「パーフェクト」が大好きで、わざわざシングル盤を手に入れたそうだ。いつか、それにサインしたいね。 エディ:何人かのレジェンドに、あのアルバムをありがとうと感謝されたのよね。ポール・マッカトニーが握手して、「最高のアルバムだ」と言ってくれたでしょ! ―歌詞に繰り返し登場するイメージが「月」ですね。当時のあなたに何か特別な意味があったのでしょうか? マーク:どうだろうか。確かに繰り返し表われ続けるね。 エディ:月は感情を映し出しているんじゃない? 月の存在が感情を生み出す。潮の満ち引きをもたらすように、無意識の行動の底流となっている。 マーク:昔から自然界にある象徴だね。或る時点で僕は象徴主義にとても興味を持って学んだことがあるんだ。自分の人生でたくさんの出来事がシンクロニシティ(共時性)を起こすので、その意味を探して、占星学者に古典的な象徴主義を学んだりした。そういったことも曲作りに反映しているのだろう。 ―最後のキーワードは「ワルツ」です。全14曲中7曲がワルツのリズムを使っています。 マーク:母が70年代に英国でとても人気だったTV番組「Tales of the Unexpected」が大好きでね。そのエンディングの音楽がフェアーグラウンド(移動遊園地)の音楽みたいで、彼女はいつもこの曲が大好きと言って口ずさんでいた。その曲がワルツで、すごく大きな影響を受けたみたい(笑)。他にも幾つか理由があるとは思うんだが……。 ―何よりも母を喜ばせたいと……。 マーク:まさにその通りだ(笑)。 エディ:ワルツの3拍子はファンタスティックな拍子よね。円を描くようで、世界が回り続けているのを表現するようでもあり……。 マーク:歌詞にもいい。詩的な雰囲気が醸し出されるね。 エディ:4分の4拍子はロックやポップには良くって、もっととがっている。 マーク:ワルツはもっと情景を描き出すようじゃない? エディ:ワルツは映画で男女の俳優が抱き合って踊っているイメージでしょ。私たちの世代まるごとの存在は、父親たちと母親たちがワルツのダンスを学び、踊って愛を育んだおかげよね。 ―ええ、単に音楽のリズムやスタイルというだけでなく、ワルツが意味しているのは、ワルツを踊る男女のカップルのイメージですね。 マーク:そうだね。それと、そこにペーソスがあるよね。悲しくて楽しい感情だ。すべてのことがほろ苦い。100%幸せでも、100%みじめでもない。常にその中間のどこかだ。「コメディ・ワルツ」という曲を書いた。「今夜はコメディ・ワルツを聴きたい」と始まる。だって、悲しい気持ちだから。それはパラドックスだ。すべての真実はパラドックスなんだ。どの曲もその意味は行間にあって、ビートの間にあるんだ。 エディ:それと情感たっぷりだわ。ピアフ(のフランス語の歌)を聴けば、その言語が理解できなくても感じられる。日本語だってそう。あの日本の歌手の名前はなんだっけ? 美空ひばりね。私は彼女の歌唱を敬愛している。何を歌っているかわからなくても、その感情を理解できる。感情が先に伝わってくるの。