【平山周吉氏が選ぶ「2025年を占う1冊」】『デジタル脳クライシス』AIが招く「一億総無脳化」、便利さと引き換えに脳を知的に使えなくなってしまう
【書評】『デジタル脳クライシス AI時代をどう生きるか』/酒井邦嘉・著/朝日新書/990円 【評者】平山周吉(雑文家)
電車の中で、本や雑誌や新聞を読んでいる人は、ほとんど絶滅危惧人種となった。皆さん、スマホに真剣に向かい合っている。恋人同士らしき二人も、会話もせず、見つめ合うこともなく、スマホと交歓している。紙の本を読んでいる時代遅れの同志をたまに見かけると、「よお、ご同輩」と肩を叩きたくなる環境だ。 『デジタル脳クライシス』というタイトルは、「デジタル機器やデジタル技術の虜になった人の脳が直面する危機や岐路」を指す。まわりの乗客たちに推奨して、プレゼントしたい本なのだが、この本は電子書籍では出ていないようだ。紙の本(というのもヘンな言葉だが)で読むしかない。 著者の酒井邦嘉先生は、言語脳科学が専門の東大教授。理系の科学者なのだが、「紙vs.デジタル」の対比では、紙に軍配をあげる。実証研究の成果に基づいての評価である。 話題の「生成AI」を、著者は本書の中では「合成AI」と呼ぶ。「現状のAIはデータの合成ができるだけで、人間のような生成能力があるわけではない」からだ。「生成」とは選別の能力にある。かつて評論家の大宅壮一が、テレビの普及を「一億総白痴化」と皮肉った。著者はそれに倣って、「一億総無脳化」と呼ぶ。「便利さと引き換えに、日本中の人たちは脳を知的な機能に使えなくなってしまう」という危険に直面していると、警鐘を鳴らす。 そもそもに遡れば、平成元年の教育現場への電卓の導入が失敗だった。電卓と算盤は同じではない。機械に頼って、計算力も、文章力も落ちる。自前の能力の退化が、全般的な学力低下へとつながっていった。 むしろ引き出すべきは、やる気、忍耐力など、数値化が難しい能力である。能動的な好奇心、自発的に一人でする学びだとする。手書きの復権を掲げ、「ペンはキーボードより強し」という主張は、多勢に無勢かもしれないが、いまの時代に絶対に必要である。負け犬の遠吠えではなく。 ※週刊ポスト2025年1月3・10日号
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