20世紀の王道シナリオが「あり得ない」とひっくり返された…なんと、ミラーの「衝撃的実験」に惑星科学の進展が「再検討」を迫った
RNAワールドの「泣きどころ」
RNAが代謝と自己複製のどちらの機能も持っていることから、RNAワールド仮説はまたたく間に多くの生命の起源研究者、とりわけ分子生物学寄りの研究者を魅了し、現在も圧倒的な支持をとりつけています。 しかし、RNAワールドにも泣きどころがありました。それは、生命なき世界で最初のRNA分子をつくるのは、あまりにも難しいことです。 さきほどヌクレオシドの発見者として紹介したオーゲルは、原始地球上でのRNAの起源研究の第一人者でもありました。筆者は彼の生前に、何度か話をする機会がありましたが、RNAがそう簡単にできるものではないことを認識していて、彼の後継者たちがRNAの起源について楽観的に話しているのとは好対照でした。
惑星科学の進展が起こした「ちゃぶ台返し」
原始地球にメタン・アンモニアを多く含むような大気があれば、雷や紫外線をはじめとする豊富なエネルギーを用いて、アミノ酸やヌクレオチドなどの生命の材料となる有機物のモノマーは十分につくられたであろうことはわかってきました。 そこで次に、それらのモノマーから、モノマーが多数つながったポリマーはどのようにつくられるのか、原始細胞モデルはどのようなものか、タンパク質が先か核酸が先か、といった問題までもが考えられるようになってきました。そこからRNAワールド仮説も提唱されてきたわけです。 ところがここで、ちゃぶ台返しが起こったのです。 1950年代から、宇宙では探査機を用いた惑星探査が行われるようになり、その成果とともに、惑星科学が発展しました。それにともない、太陽系がどのようにしてでき、その中で惑星がどのようにして生成したかというシナリオが、20世紀前半にいわれてきたことから大幅に書き換えられました。 それは一言でいうと、静的な惑星生成論から、動的な惑星生成論へというパラダイムシフトでした。具体的には、惑星は直径10kmくらいの微惑星が激しくぶつかり合いながら誕生し、成長したと考えられるようになったのです。 その結果、諸説ありながら決着がついていなかった原始地球大気の組成についても、多くのことがわかってきました。主成分は二酸化炭素や窒素である可能性が高く、なんと、ミラーが考えたようなメタン・アンモニアを多く含む強還元型大気という説は、最もありえないと否定されてしまったのです。 これにより、ミラーやそれに続く研究者たちが考えてきたような、雷の放電や熱などのエネルギーが大気にふれてアミノ酸が大量に生成したという描像は成立しなくなりました。したがって、それに続く化学進化のシナリオも再検討を迫られることになってしまったのです。 その一方で惑星科学の進歩は、生命の起源研究に、まったく別の方向からの成果をもたらしもしました。地球外にはさまざまな有機物が存在することがわかってきたのです。そこで、これらが生命の材料になったのではないか、という考えが一気に主流となります。 地球外のどこでどのようにして有機物ができたのか、それが地球や他の惑星の生命とどのようにつながるのか、を見ていきましょう。 生命と非生命のあいだ 地球で「奇跡」は起きたのか 生命はどこから生命なのか? 非生命と何が違うのか? 生命科学究極のテーマに、アストロバイオロジーの先駆者が迫る!
小林 憲正