抗がん剤の選択は担当医におまかせしたいのに、自分で決めるように言われて困ってます
Dr.高野の「腫瘍内科医になんでも聞いてみよう」
がん研有明病院院長補佐の高野利実さんが、がん治療に関する素朴な疑問にQ&A形式でお答えします。 【写真4枚】体力が落ちたと思ったときに…筋力アップ まずは20秒から
手術を受けるかどうか、どのような検査を受けるか、抗がん剤AとBのどちらを選ぶか、抗がん剤治療をやめるか続けるか――。 がん患者さんは、様々な場面で選択を迫られます。 医者が決めてくれることもあれば、選択肢を提示されて自分で決めるように言われることもあります。選択肢をすべて聞いて、自分で納得して選びたいという患者さんもいれば、自分にはよくわからないので、担当医に決めてほしいという患者さんもいます。
「担当医が決めてくれない」
今回、このようなご質問(お悩み)が寄せられました。 抗がん剤治療の選択肢を二つ提示されました。よくわからなかったので、「先生におまかせします」と言ったのですが、担当医は決めてくれなくて、自分のことは自分で決めるように言われてしまい、困っています。どうすればよいのでしょうか。 このような悩みを聞くようになったのは最近のことで、かつては、これとは逆の、「自分で決めたいのに、選択肢を示されず、医者に決められてしまう」という悩みをよく聞いていました。こんな悩みの変化からも、患者―医師関係の変遷がうかがえます。 昭和時代の医療は、「パターナリズム(父権主義)」だったと言われます。知識も力もあり、立場も上である父親が、子供のことを思って、子供の代わりに意思決定をするような関係性で、医者が患者にとって最善だと思う選択をします。 この頃の医者は、「お医者様」と呼ばれることも多く、権威をまといながら、意思決定の主体となっていました。患者さんは、あまり多くを知らされることなく、「お医者様」を信じて、「おまかせ」していました。
誤解された「インフォームド・コンセント」
平成時代になって、患者の「自己決定権」が重視されるようになりました。医療の主役は患者であり、自分の受ける医療は患者自らが決定すべきだという考え方です。この頃、「インフォームド・コンセント」という言葉も使われるようになりました。「(患者が)十分に情報を与えられ、よく理解した上で、同意すること」という意味で、患者が意思決定の主体となりました。 「インフォームド・コンセント」では、「十分に情報を与えられること」が重要です。医学の専門知識がない中で、自分の置かれた状況を正確に理解するのは容易ではありませんが、医者はできるだけわかりやすく丁寧に説明し、患者さんも納得できるまで質問するという、十分なコミュニケーションが求められます。 ただ、「インフォームド・コンセント」が、「説明と同意」という日本語で広まったため、患者主体の意思決定だという本来の意味が薄まってしまった印象もあります。 「説明書に書いてあることを一通り伝えて、同意書にサインしてもらえればよい」と考える医者もいて、患者さんが理解不十分なまま決断を迫られるという構図も生まれています。 また、「患者が判断したことなので医者に責任はない」と、医者の責任逃れのために「インフォームド・コンセント」が使われるような風潮もあるようです。 「自分でも決められないし、医者も決めてくれない」という悩みの背景には、「インフォームド・コンセント」が誤解されて広まった影響もありそうです。「患者さんに決めてもらう」という部分だけが独り歩きして、自分では決めようとしない医者と、十分に理解できず決められない患者さんの間で、意思決定も責任も宙に浮いてしまっているようです。 きちんと話し合って、納得して医療を行うという、本来の医療とはかけはなれた状況と言えます。