伊藤比呂美「ベルリンで、カノコと」
この詩、日本で朗読する機会はここ数十年ない。日本の外で朗読する方が多い。こういう経緯で書いた詩なので、正気に返ったらあの頃の自分がもろ出しになってて驚いて、捨てちゃうつもりだった。でも今になってみると、ドイツ語はもとより、英語、ノルウェイ語でも全訳がある。わからないもんだなあと思いながら、日本語のわからない人たちを相手にそれを朗読する。 語り物の説経節を下敷きにしてるから、現代詩の朗読といえども、なんとなく語り物みたいに、読む。でもそれは、日本の説経節語りや浪曲師や講談師といった本職の伝統芸の技術からはほど遠いし、聞いてる人は、誰もホンモノを聞いたことがない。 国外に逃れた日本人だけが表現できる日本っぽさ、見せかけの日本らしさ、フュージョン、フェイクというのかもしれないなあと自分では思う。 「こんな朗読、日本じゃできないよね」とカノコに言ったら、「あたしの箏だって、日本じゃできないよ」とカノコも言って、ユウコさんも「あたしだって日本のブトーの人たちからはもうガイジン扱いされてるよ」と言うので、三人でわはははと笑って、移民芸と呼んで、開き直ることにした。
さて、あたしたちは、子連れOKかどうかという問題に直面した。トモコさんとサエさんは子持ちである。その友人たち、あたしに興味を持ってくれるような日系の女たちもまた子持ち世代。そして公演は土曜日のまっ昼間、大学のホールで行われる。子どもにとってはいちばんたいへんな時間帯である。 昨夏のベルリン滞在時には、トモコさんが講演会を企画してくれて、ライブの人生相談「比呂美庵」の海外版をやった。それは子どももOKだった。 ここにかぎらず、あたしはたいてい子どもOKでやってきた。でないと日本では女が外に出てこられないからだ。でも今回は主催者の大学側に、子どもはダメと言われた。いわく「ファミリー企画じゃないんだから、こういう公演には子どもは連れてこないのが当然である、子どもが騒いだら、見たい人の権利も侵されてしまうから」と。 「えー、別にいいんじゃないの」とユウコさんは言うし、トモコさんサエさんは残念がるし、あたしも悶々として、みんなで話し合ったが、結局、内容があまりにエグいので、親から苦情が来るかもしれないという別の可能性に気がついて、子どもはご遠慮願いますというところに落ち着いた。
伊藤比呂美