ダイバーシティが「組織の生産性」を高める? 森のネットワークに学ぶ驚きの仕組み
気候変動が加速して平均気温が上昇し、自然災害も増加している。森林の大規模伐採が、そのひとつの原因であることを科学的に実証した森林生態学者・スザンヌ・シマードは、アメリカの『TIME』誌で今年「世界で最も影響力のある100人」に選ばれた。彼女の初著書『マザーツリー 森に隠された「知性」をめぐる冒険』が世界でベストセラーになったのも、人々の環境問題に対する危機感の現れだろう。 国連サミットで採択された「2030年までに達成すべき持続可能な開発目標」として企業がSDGsに取り組むことも、社会的責務となっている。しかし実態は、企業のブランディングや資金集めのために「見せかけだけのSDGs」が蔓延し、「SDGsウォッシュ」と批判されている企業も出てきているのが現状だ。そこで、シマードの本の内容から、多様性が生産性を高めるとはどういうことか、ビジネスの世界に置き換えて考えてみたい。(文/樺山美夏、ダイヤモンド社書籍オンライン編集部) ● ダイバーシティの実態が伴わない企業を辞めていく若者たち 企業の大半がダイバーシティ(多様性)推進をスローガンに掲げる時代になったが、実際に人材の多様性を尊重し、個々の活躍を促進している企業はどれほどあるだろうか。 転職サイトの口コミを見ると20代の若者が「上司の命令に従うだけでやりがいがない」「この会社に長くいると他で通用しなくなる」といった理由で退職しているケースが目立つ。「ジェンダーギャップ指数」も日本は146か国中118位(2024年)、G7では最下位で、多様性どころか差別的な国だと海外から見なされているのが現状だ。 「いやいや、自分は人の考えや価値観を尊重している」と思った人は、次の質問に正しく答えられるだろうか? 「多様性とは具体的にどういう状態を意味するのか?」 「多様性があるのとないのとでは、どんな違いがあるのか?」 この問いに答えられない人は、多様性とその効用について科学的エビデンスにもとづいたひとつの答えを明示している本書を参考にするといいだろう。 著者は森林学者で、多種多様な樹種が存在する森ほど、地下で菌類が複雑かつ強靱なネットワークでつながり、森全体の生産性が高くなることを証明して見せた。 「自然界の話は、ビジネスの参考にならないじゃないか」 そう思った人もいるかもしれないが、人も自然の一部である。しかもこの森林ネットワークは、次の一文にもあるように、私たち人間の脳と共通点があるのだ。 森のネットワークでは、古いものと若いものが、化学信号を発することによって互いを認識し、情報をやり取りし、反応し合っている。それは私たち人間の神経伝達物質と同じ化学物質であり、イオンがつくる信号が菌類の被膜を通して伝わるのである。(P.12) このようなネットワークを構築していくと、異なる樹種がそれぞれ得意な役割を果たし、互いに足りないところを補い合いながら共生し、成長して森林全体が強化されるという。 ● 森林のネットワークに学ぶ多様性の意味 この概念は、ビジネスの世界にもそのまま当てはまる。組織においても、多様な人が集まるチームは、さまざまな視点、知識、アイデア、考え方を共有して、問題解決やイノベーションを促進できる。 Googleのように、性別、年齢、国籍、障害の有無に関わらず、さまざまな社員が能力を発揮している企業がその典型だろう。 本書は、多様性がもたらす持続可能な未来についても示唆している。本書には、人工林を増やし、邪魔な木を除草剤で枯らす営利目的のビジネスが、森林の生態系を壊し生産性を下げていると実証した論文発表のシーンが出てくる。 それを機に、強欲な森林局幹部たちと対立関係になった著者の孤独な闘いがはじまるのだが、1997年にその論文が科学誌『ネイチャー』に掲載されて状況は一変。追い風が吹き始めたシマードの次の言葉も、組織に置き換えて解釈できる。 生態系というのは人間の社会とよく似ている――関係性でできている、という意味で。関係性が強ければ強いほど、その生態系は回復力が強い。そして、この世界の生態系は個々の生き物によって構成されているものであるから、生態系には変化する力がある。私たち生き物は環境に適応し、遺伝子は進化し、私たちは経験から学ぶことができるのだ。(P.329) 生産的な社会として成功できるかどうかは、ほかの個体、ほかの生物種とのつながりの強さ次第なのである。その結果としての適合と進化から生まれる行動様式が、私たちの生存、成長、繁栄を助けてくれる。(P.329) ● 従業員の多様性が進んだ組織は生産力が高い 実際、マッキンゼーの調査によると、従業員の多様性が進んだ企業は生産性が高い傾向があり、人種・民族的多様性が上位25%の企業は財務実績が国内業界平均を上回る可能性が35%高いという結果が示されている。 逆の見方をすれば、世の中のニーズが多様化、細分化した時代に、同じようなバックグラウンドの、似た価値観や考え方の人が集まった組織で行うビジネスはリスクが高すぎる。 同族経営の企業の経営革新が難しく、身内での争いや、同族とそれ以外との対立構造が生まれやすいのもその代表的な例だろう。 このように多様な人材の活用は、グローバルなビジネス環境における企業の持続的な成長に不可欠な要素なのだ。 シマードの理論は、形骸化したダイバーシティを実態に反映させるにはどうすればいいか、科学的視点からさまざまなヒントを与えてくれる稀有なものなのである。
書籍オンライン編集部