指示を出さない「イタリア人の上司」の指導には、コーチング理論に裏打ちされた「綿密な計算」があった
■「コーチング」の技術に裏打ちされた「1on1」 ところが、目の前にいるイタリア人ミケレは、そのイメージとは大きく異なり、冷静沈着で口数も少なく、情熱が全面に出るタイプではありませんでした。当時の私は彼に力強さを感じられず、不安に思い、「この人は本当に仕事ができるのか?」とさえ疑いました。 それでも頼るべきはミケレしかおらず、私が推進した組織(インサイドセールス)は当時の日本には少ない例だったため、前職のグローバルIT企業で同様の組織をリードしていた彼の意見は非常に重要でした。
ミケレとの1on1は、私がこれまで経験してきた1on1とはまったく違いました。 プレイヤー時代の私は、上司との1on1が毎週ゆううつでした。目標の達成や計画の進捗管理がメインで、詰められることが常でした。しかし、ミケレはまったくそのようなことはしません。「今日のランチは何を食べた?」「日本でおすすめのパスタはあるか?」「イタリアのフィレンツェに近い日本の港町はどこか?」など、仕事に関係のない軽い話題から展開されました。
「ミケレは、私のイメージするイタリア人と違うよね?」と私が聞くと、ミケレは「日本人のイメージするイタリア人は、南イタリアのノリなんだよね。私は北イタリアだから恥ずかしがり屋なんだ」などと気軽に話せるような楽しい雰囲気がありました。 仕事の話題に切り替わっても、詰めてくるようなことは一切なく、「調子はどう?」「最近困っていることはあるか?」といった素朴な質問を次々としてくれ、不思議と相談しやすい空気があり、私もいろいろ話せました。
力強さは感じなかったものの、こういう1on1の進め方もあるのかと驚きました。そこで、ミケレのやり方を見様見真似で自分の部下たちとの1on1に取り入れるようにしました。平たくいえば、表面的な模倣です。 最初は部下との信頼関係がうまく築けていませんでしたが、中には心を開いてくれる部下もいて、次第に発言が増えていき、変化が現れていることを実感していました。 それから1年後、ミケレが直属の部下たちを集めたリーダーシップ研修を主催しました。中国、韓国、オーストラリアからも仲間が集まり、そのテーマが「コーチング」でした。そこで私はコーチングの理論を知りました。