親に愛されずに「道具」として育った子は、自分の子どもにも同じことをしてしまう。平安貴族の育児と親子関係とは?【NHK大河『光る君へ』#28】
倫子と彰子。娘の穏やかな幸せを願う母の思いは受け継がれる
倫子は両親から愛され、当時の上流貴族の娘としては珍しく自身の意志を尊重されながら育ちました。雅信(益岡徹)も穆子(石野真子)も我が家を繁栄させるために娘の心を犠牲にしてまで婿を取らず、あたたかく見守る姿勢を貫いていました。 倫子の生い立ちは自身の娘である彰子(見上愛)への教育方針にも表れています。彰子には帝の妻になるのではなく、優しい婿をもらい、自身の屋敷で穏やかに暮らすことを当初は望んでしました。 先週の放送では、倫子が自分の感情を表に出さず、口数が少ない彰子に「『わあ~ きれい』と声を出して言ってちょうだいよ」と花を愛でながら促したり、娘が声を出して笑うようになってほしいと口にしたりしていました。彰子には入内前という事情があるものの、倫子は寡黙な娘に「話してほしい」「笑ってほしい」と世の母親たちと同様に願っていると思えたのは筆者だけではないはずです。 また、倫子は我が子が好きな読み物や遊び事を把握しているのは当然だと考えています。何人もの子どもがいますが、それぞれの好きなものや好きなことをしっかり把握しています。倫子の子どもたちを乳母が面倒を見るシーンも複数織り込まれていますが、彼女は自身でも我が子たちを気にかけているようです。 倫子は大人になっても母と良好な関係を継続しており、娘・彰子の入内についても母に相談しています。つらいことや悩みを相談できる母がいる倫子は精神的にも安定し、自立しています。
詮子と兼家。親の愛情不足がまねいた悲しい連鎖
先週の放送では、一条天皇(塩野瑛久)が母親である詮子(吉田羊)に胸の内を打ち明け、なぜ自分が定子(高畑充希)に異常なほどのめりこんでいるのか語るシーンがありました。また、このシーンでは一条天皇が「父親から めでられなかった母上の慰みもの」にすぎないと、母と自分の関係性を口にしています。 詮子は兼家(段田安則)から政の道具として扱われ、道長以外の兄弟とも心を通わせられず、円融天皇(坂東巳之助)からも寵愛を受けられず孤独でした。また、円融天皇に東三条殿に下がると告げた際には、懐仁親王(現:一条天皇)を置いていけ、遵子(中村静香)とともに大切に育てると命じられ、息子を奪われかねませんでした。 詮子は自分が兼家の「操り人形」であったように、息子を「“母親の仰せのままに”生きてきた操り人形」に無意識のうちにしてしまったのです。 また、詮子は一条天皇を手塩にかけて育てたと自負しているものの、愛情の注ぎ方がどこかズレていたのかもしれません。心から愛し、依存していたはずの息子の好きな読み物もお遊びごとも知らず、倫子に尋ねられるまではこのことに気づくことさえありませんでした。 親の愛情を知らない人や孤独を抱えた人は我が子を無意識のうちに拘束し、親にされたことと似たようなことを我が子にしてしまうこともあります。また、自分の心のスキマの埋め合わせを我が子に強いることも珍しくありません。 平安時代において娘が家のために入内するのは社会通念であり、子どもが政治の道具として扱われるケースは珍しくありませんでした。当時と現代では考え方が異なるので、現代人には当時の人たちの思いを察するのは難しいと思います。 本作には政の道具にされる女の心情や、現代における毒親の問題が詮子を通して組み込まれています。人権意識が高まった現在、平安時代の制度における暗澹とした部分に胸を痛める視聴者は多くいるはずです。また、ここ最近は「毒親」という言葉をよく耳にしますが、本作を通しても親と子の関係性を考えるきっかけになります。 本記事では、『光る君へ』♯28で描かれている女性の育児事情についてお伝えしました。 ▶つづきの【後編】を読む▶ 『「遺産相続でもらえる財産は、美人かどうかで決まる」平安時代の相続事情、ちょっと露骨すぎない!?』
アメリカ文学研究/ライター 西田梨紗