猛威を振るったレイカーズ時代から一転、ヒート初優勝で“引き立て役”をこなしたシャック
■「重要だったのはカネじゃなく、自分たちのポテンシャルを最大限に引き出すことだった」
公称216センチ147キロのシャキール・オニール(元ロサンゼルス・レイカーズほか)は、NBA史上屈指の支配的なビッグマンとして19シーズンをプレーしてきた。 【動画】ヒートが初優勝を飾ったシーズンのドキュメンタリー! なかでもレイカーズ時代にコービー・ブライアント(元レイカーズ)との超強力デュオで2000年から2002年にかけて3連覇を達成し、マイケル・ジョーダン(元シカゴ・ブルズほか/2度)以来初の3年連続ファイナルMVPに選出。 シャックの愛称で親しまれた男は、2004年夏の大型トレードでマイアミ・ヒートへ移籍し、ドウェイン・ウェイド(元ヒートほか)らとともに2006年の球団初優勝にも貢献し、計4度のチャンピオンシップを獲得してきた。 9月18日(現地時間17日)に公開されたポッドキャスト番組“The OGs”の最新エピソードへゲスト出演したシャックは、ヒート時代の元同僚ユドニス・ハズレム、マイク・ミラー(元メンフィス・グリズリーズほか)とのトークで、2005-06シーズンにヒートが初優勝した要因にパット・ライリーの存在を挙げていた。 2004-05シーズン。ヒートはウェイドとシャックを中心とした布陣でイースタン・カンファレンス首位の59勝23敗をマークし、その周囲をエディ・ジョーンズやデイモン・ジョーンズ、ハズレムらが支えていた。 プレーオフに入ってもファーストラウンド、カンファレンス・セミファイナルを無傷の4連勝で勝ち上がるも、デトロイト・ピストンズとのカンファレンス・ファイナルを3勝4敗で落とし、あと1勝でファイナル進出を逃していた。 するとチームは5チーム間の大型トレードでアントワン・ウォーカー、ジェームズ・ポージー、ジェイソン・ウィリアムズを獲得し、ベテランガードのゲイリー・ペイトンとも契約して豪華ロスターを形成。 その背景には、ヒートが優勝を狙えるロスターを作り上げるべく、シャックの“減俸”があったようだ。 「パットが俺のところにやって来て『シャック、私は君のことが大好きだ。全額(1億2000万ドル/現在のレートで約171億6000万円)を与えて誰も獲れなくなるか、1億ドル(現在のレートで約143億円)にするかだ。そうすれば、(ハズレムへ)もっと多くのサラリーを、それにポージー(とペイトン)を連れてくることができる。(優勝するために必要な)すべての要素を持ち込めるんだ』と言ってきたんだ」 そしてシャックはヒートでチームメートたちの“引き立て役”になって、チーム力の増強に尽力したという。 「その時の俺は『あなたは俺が勝つことを必要としていると分かっているはずだ…。俺は(コービーが1回優勝する前に)1回勝っておきたい』って感じで言ったんだ。俺には十分な金があったし、豪邸も持っていた。そのためならなんだってやるつもりだったのさ。俺にとって重要だったのはカネじゃなく、自分たちのポテンシャルを最大限に引き出すことだった」 2005-06シーズンのヒートは、開幕3戦目からシャックがケガで戦線離脱したこともあって20試合を終えて10勝10敗と失速。その後スタン・バン・ガンディHC(ヘッドコーチ)に代わってライリーが指揮官へ復帰し、イースト2位の52勝30敗でレギュラーシーズンをフィニッシュ。 カンファレンス・ファイナルでピストンズを4勝2敗で撃破してリベンジに成功。ダラス・マーベリックスとのNBAファイナルを0勝2敗でスタートするも、第3戦から圧巻の4連勝で相手を蹴散らし、4勝2敗でシリーズを制して初の王座獲得となった。 ヒート初優勝はウェイドの超人的なパフォーマンスが最大の要因と言っていい。ただその背景には、レイカーズでリーグベストのセンターとして猛威を振るっていたシャックが引き立て役になり、チームメートたちを高める裏方的な役割も務めていたということなのだろう。 8シーズンの在籍で平均27.0得点11.8リバウンド3.1アシスト2.5ブロックをマークしたレイカーズ時代と比較すると、ヒート時代のシャックは平均19.6得点9.1リバウンド2.1アシスト1.9ブロックと、スタッツは下降したものの、チームに与えた影響は絶大だったに違いない。
BASKETBALL KING