『クワトロ・フォルマッジ -四人の殺し屋-』【第3話 その4】 何事もテキトーに、テキトーに
孤高のハードボイルド作家、樋口毅宏によるLEON初の連載小説『クワトロ・フォルマッジ -四人の殺し屋-』 。エロス&バイオレンス満載の危険な物語の【第3話 その4】を特別公開します。
■ 三人目の殺し屋:Matsuoka Shun(32)
孤高のハードボイルド作家、樋口毅宏によるLEON初の連載小説『クワトロ・フォルマッジ -四人の殺し屋-』 。エロス&バイオレンス満載の危険な物語の主人公はクセの強い4人の殺し屋たち。第1話のキラーエリート・ヒロシ、第2話の空蝉(こっさん)こと山田正義に次ぐ三人目の殺し屋、Shunが登場。
CAが怪訝な顔をする。「降ります!」
機内で天を仰いだ。残された手段はひとつしかない。やってみるか。 僕はCAを呼んだ。 「お客様、どうかされましたか。顔が青白いですよ」 なかなかの美人だった。顔を覗き込んでくれてありがたかった。他の客に聞こえないよう、彼女の目をじっと見入りながら、こう命じた。 「これを持って、ファーストクラスのギャレーまで持っていけ。そして、ジャン=ルイ・ハネケのカナッペに盛り込みなさい」 CAはバグったアンドロイドのように一時停止したが、僕からバスケットを受け取ると、何もなかったように通路の向こうへと歩いて行った。 僕の「アイズ・コントロール」は効きやすい人と効きにくい人がいる。先日仕掛けた元芸能人は前者だった。相手が浅い眠りにいる状態で術をかけるほうが効果は確実だが、あれだけ目を見て説き伏せたのだ。さっきのCAは僕とのやりとりを忘れても、コマンドに従うはず。 あのCAが誤って他の乗客に毒物を盛り込んだり、他のCAが見咎めて止めたりするケースもあるだろう。でもやれることはやった。離陸五分前、旅客機のエントリードアを目指した。CAが怪訝な顔をする。 「降ります!」 どうせパスポートは偽造で、僕の身元が割れることはない。あとはどうにでもなれ。
血の繋がった親でさえ僕のことを遠ざけて、今に至る
帰宅してからのほうが忙しかった。紀伊國屋で食材を買い揃え、寝ないで料理の仕込みを始めた。ぶり大根、林檎のキャラメル煮。弱火でじっくりとビーフシチューを煮込む。鍋の底が焦げ付かないようにガスコンロの前に張り付く。最高のフルコースの準備を進める。男の心を掴みたいならまず胃袋から。基本中の基本だ。絶対REIくんを僕のものにする。 夜七時ちょうど、わが家のチャイムが鳴った。クチポールのカトラリー。アラビアとイッタラのプレート。テーブルクロスはマリメッコ。すべてはこの夜に、キメるはずだった。 REIくんの隣には、女が座っていた。平凡が服を着たような、つまらない女だった。 「来週、あちらのご両親にお会いするんです。Shunさんに僕の服のコーディネートをお願いできないかと思って」 シャンパンは虚しく泡を立てていた。よっぽど一服盛ってやろうかと考えたが、顔を合わす度幸せそうに頬笑むふたりを見ていたら、僕の奸計は泡のように消えていった。 先に言ったように、僕の「アイズ・コントロール」には効きやすい人と効きにくい人がいる。後者にはいくらやっても恋の魔法はかからない。 物心がついたときにはこの能力を持っていた。「薄気味悪い子」と、血の繋がった親でさえ僕のことを遠ざけて、今に至る。