ひとりのコレクターが立ち上げた新たなアートフェア。ソウルの「ART OnO」が目指すフェアの未来像とは
世界の主要都市で開催される様々な規模のアートフェアを巡ってきた韓国の若いコレクター、1990年生まれのノ・ジェミョンは、なぜソウルには「小さくても個性的で、なおかつ興味深い作品を展示する」フェアがないのだろうと疑問を抱いた。 そうした疑問から生まれたのは自ら新しいアートフェアを立ち上げることだった。これが、4月19日~21日にソウル貿易展示コンベンションセンター(SETEC)で開催されている「ART OnO」だ。 世界の主要なアートフェアを見れば、大手ギャラリーが売上を確保し、人件費や旅費、出展料などのコストに伴うフェア参加のリスクを減らすために、作品が売れやすい同じようなグループのアーティストを繰り返し紹介することが多いと言える。その結果、どこのアートフェアに行っても同じような作品群が見え、鑑賞者にも飽きが生じてしまう。 こうした状況を受けてノは、ギャラリーの出展料を大幅に下げることで、著名作家だけでなく、クオリティの高い若手作家の作品を展示するギャラリーが増えることを狙う。また、地元や若いギャラリーだけでなく、ブルーチップギャラリーを招待することにより、クォリティと鑑賞性のバランスを保つことを望んでいるという。 初回のフェアには、世界20ヶ国から約40のギャラリーが参加しており、そのうち約半数は韓国国外に本拠地を持つギャラリー。エスター・シッパーやギャルリー・シャンタル・クルーゼル、マリアーヌ・イブラヒムなどのブルーチップが名を連ねるいっぽう、2020年末に設立されたソウルのCYLINDERや、今回で初めて海外のアートフェアに出展した東京の蔦屋書店などの新たな顔ぶれも見られている。 2022年、英国の「フリーズ」アートフェアがソウルに上陸したことにより、韓国のアートマーケットはかつてない注目を集める ようになった。いっぽうで2002年にスタートした韓国最大のアートフェア「KIAF」は、地域内のギャラリーに焦点を当てることで、韓国国内のマーケットを耕し続けている。 ドイツ・ヴァルトキルヒェンに拠点を置き、12年ぶりに韓国のアートフェアに出展したGalerie Zinkの代表であるマイケル・ジンクは、ART OnOはフリーズとKIAFを代表するような、巨大なアートフェアとローカルフェア間の「ギャップを埋めた」と話す。「このフェアは、小規模なギャラリーが高いプロフェッショナルなレベルで作品を展示する機会を与えるとともに、コレクターにとってもいい作品と出会うチャンスにもなる」。 1997年に奈良美智 のドイツでの初個展を開催した同ギャラリーは、今回のフェアで奈良が当時に発表した油彩画3点とドローイング2点を展示。いっぽうで、ベルギー出身の造形作家クラース・ロムレーラやベトナム出身のマルチメディア・アーティスト、ファン・タオ・グエンなど40歳未満の作家をはじめ、異なる世代の作家の作品を見ることもできる。展示作品の価格帯は、150万~160万ユーロの値がつく奈良の油彩画を除けば、2万ユーロ以内の作品がほとんどだ。 ソウルと釜山にスペースを持つSEOJUNG ARTは、ヨンファ・ハル、チョ・ムヒョン、ナナン・カン、ペ・ジョンウォンといった4人の韓国人アーティストに加え、ルスダン・ヒザニシヴィリ(ジョージア)、ガス・マンデー(南アフリカ)、ガイ・ヤナイ(イスラエル)といった異なるバックグラウンドを持つアーティストを紹介。同ギャラリーのディレクターであるイェジン・リーは、韓国国内のローカルフェアと比較して、同フェアは作品の質が著しく高いとし、韓国のアートマーケットには「もっと新鮮なものが必要だ」と語った。 過去2回の「フリーズ・ソウル」に出展した東京のMISAKO & ROSEN は、今回のフェアで南川史門、マヤ・ヒュイット、加賀美健の3人の作品を展示。フェア開幕前には南川の作品1点がオンラインで売却された。展示作品の価格帯は4000ドル~1万7000ドルと、若いコレクターにとって購入しやすい値段だと言える。 ギャラリー共同設立者のローゼン・ジェフリー は、フリーズの出展経験について「大きな賭けになるアートフェアなので、フェアそのもの以上のことに集中する時間がないから、より緊張感がある」と振り返る。いっぽうで、ART OnOでは地元のアーティスト・ラン・スペースなど、巨大フェアの出展ではアクセスし難いコミュニティとのコネクションをつくることができたという。 今回のフェアはSETECの3つのホールを使っており、多くの参加ギャラリーからはブースのデザインや設営に対してポジティブなコメントが寄せられた。ブース間の通路も広々と設計されており、40のギャラリーの規模は回るのにもそれほど疲れない。しかしながら、同フェアの会期は今年の ヴェネチア・ビエンナーレ の開幕と重なり、アジアのコレクターや美術館のキュレーターなどが多数イタリアに渡航しているため、フェアにとっての重要な客層が失われたかもしれない。 より人の集まるフリーズやKIAFと同時に開催することにしなかった理由についてノに尋ねると、彼は次のように答えた。「フリーズとKIAFの会期を合わせると、400近いギャラリーが同じ時期に出展することになるだろう。韓国にはそれほどのマーケットはまだない。また、私はサテライトフェアになりたくない。小規模なフェアであることは構わないが、どこかと一緒になることは好きではないし、インディペンデントでありたいと思う」。 第1回目のフェアはギャラリーの公募を行わず、すべてのギャラリーはノ自身が招待した。2回目以降は、ギャラリー、インスティチュート、コレクターからなる選考委員会を導入する予定だという。 またノによると、同フェアは彼が全額出資しており、最初の数回は収益を見込んでいないという。しかし、それでも彼はこのフェアを続ける決意を固めている。フェアの準備中には企業や投資家から協賛や出資の申し出があったが、すべて断ったという。それについて彼はこう話している。「いくらお金を出してもらっても、自分たちのアイデンティティを変えたくないし、傷つけたくない。私たちのスローガン──『Young, Fresh but Classy(若くてフレッシュ、でも上品)』──を貫きたいからだ」。
文・撮影=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)