「今森光彦 にっぽんの里山」(東京都写真美術館)開幕レポート。「里山」とはどこから来たのか
写真家・今森光彦の個展「今森光彦 にっぽんの里山」が東京都写真美術館で開幕した。会期は9月29日まで。 今森は1954年滋賀県生まれ。大学卒業後独学で写真技術を学び学び、80年よりフリーランスに転身。以後、琵琶湖をとりまく自然と人との関わりをテーマに撮影するいっぽう、熱帯雨林から砂漠まで世界各地で撮影を続けてきた。近年は、環境農家、ガーデナー、里山環境プロデューサーとしても活動している。 本展のタイトルにある「里山」という言葉は、行政の文書からライフスタイルに至るまで広く使われている言葉だが、広く人々に波及したのは90年代以降のことだ。今森は95年に『里山物語』(新潮社)で木村伊兵衛写真賞を受賞しているが、「里山」が広く語られるようになった背景には、今森の写真の存在があったといえる。 そもそも「里山」とは何か。今森は「私が使っている里山という言葉の意味は、曖昧な空間概念」(本展図録収録の今森光彦「繋がりあう風景」より)と述べており、その領域は明確に定められているものではない。しかし、展覧会を見れば「里山」とは大まかに「人間が伝統的(に思える)な生活や習慣をある程度維持しながら、自然と共存している空間」ととらえることができるだろう。 こうした空間において象徴的な存在を、今森は「棚田」「農道」「鎮守の森」「昆虫」「野仏」といったものとしてカメラを向けている。もっとも重要なのは里山はたんに「自然が残った人間の居住区域」ということではなく、「人間が田畑や山林の改良を重ねることでかたちづくられた自然と人との共生空間」である点だといえる。 本展では「春」「夏」「秋」「冬」と四季ごとのセクションに分けて今森の作品が展示されている。現在、今森は滋賀県の琵琶湖周辺に住み、みずからも「里山」づくりに携わりながら、継続的に作品制作に取り組んでいる。今森はこれをひとつの場所を深堀りする「縦の軸」と呼ぶ。 同時に今森は日本各地に赴いて里山の姿を撮影する活動も行っており、これを「横の軸」と呼んでいる。各章ではこうした今森の「縦の軸」と「横の軸」を交えながら、00年代前半から近年にいたるまでの作品が紹介される。 「春」では、桜の向こう見える雪形が残る山並みや、春の訪れを告げるとされているギフチョウ、水が入り始めた田などを写した写真を展示。 「夏」は昆虫写真家としてキャリアを始めた今森ならではの昆虫たちの仔細な姿や、青々とした山並み、深い緑に覆われた森林などを見ることができる。 「秋」では色づく木々だけでなく、収穫の様子や色づいた稲穂、静かに道端に佇む野仏などがとらえられている。 「冬」は刈り入れの終わった田や野焼き、鳥たち、そして雪や氷がつくりだす幻想的な景色が見どころとなる。 多くの日本人が「里山」と聞いたときに思い浮かべるイメージの源泉はどこにあるのか。今森が30年以上の時間をかけて蓄積してきた仕事が、このイメージの形成に大きな影響を与えていることを本展では知ることができる。
文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)