前橋育英は土壇場で同点弾献上もPK戦で薄氷の勝利。愛工大名電は勝利目前での敗退も会場を魅了する躍動感を披露
[12.31 選手権2回戦 前橋育英高 2-2 PK6-5 愛工大名電高 駒沢] 「自分たちの甘さが出た試合でしたけど、勝ったことをポジティブに捉えて次に繋げるしかないので、今日出た課題はしっかり振り返って、自分たちで受け止めて、ここからは勝ち進むだけだと思います」(前橋育英高・石井陽) 【写真】「美しすぎ」「めっちゃ可愛い」柴崎岳の妻・真野恵里菜さんがプライベートショット披露 2点差を追い付いたチャレンジャーの奮闘、わずかに及ばず。第103回全国高校サッカー選手権は31日、各地で2回戦を行い、駒沢陸上競技場の第1試合では前橋育英高(群馬)と愛工大名電高(愛知)が対峙。2-2からもつれ込んだPK戦で、守護神のGK藤原優希(3年)が相手の8人目をストップした前橋育英が、6-5で勝利を収めた。2日の3回戦では帝京大可児高(岐阜)と対戦する。 「前育さんはスカウティング以上に、上手くて、強くて、速かったです」。愛工大名電のキャプテンを務めるDF蒲地陽汰(3年)が話したように、前半は前橋育英のパスワークを駆使したアタックが冴え渡る。先制点は7分。左サイドからDF牧野奨(2年)が上げたクロスに、収めたMF平林尊琉(2年)のシュートは左スミのゴールネットへグサリ。早くもスコアが動く。 以降も続くタイガー軍団の攻勢。23分にはMF白井誠也(2年)、MF黒沢佑晟(3年)とボールが回り、FW佐藤耕太(3年)のシュートは枠の右へ。29分にも右から中へ切れ込んだ佐藤がヒールで落とし、MF石井陽(3年)が枠へ収めたミドルは愛工大名電GK水谷準乃右(3年)がファインセーブで凌いだものの、漂う追加点の雰囲気。 38分。左から石井が中へ付けると、ギャップに潜った白井はシンプルに縦へ。黒沢がカットインしながら右足で振り抜いた軌道は、鋭くゴール右スミへ突き刺さる。「単純にウチの選手があのスピードとか正確さに慣れなかったので、できれば1点で抑えたかったなと思うんですけどね」とは愛工大名電の宮口典久監督。前橋育英が2点をリードして最初の40分間は推移する。 後半もまずは前橋育英が続けてチャンスを創出。5分には石井の左CKをDF久保遥夢(2年)がヘディングで狙うも、わずかにクロスバーの上へ。11分には白井のフィードを佐藤がきっちり収めて、右からグラウンダークロス。ニアで合わせた黒沢のシュートは、しかしゴール右へ。「決定的な3点目のチャンスがありましたけれども、アレを決め切れればというところですよね」とは山田耕介監督。点差を広げ切れない。 「『やってきたことを出せばいいんだ。そこのチャレンジを見たいんだ』と宮口先生がハーフタイムに言ってくれました」(蒲地陽汰)。一方の愛工大名電は少しずつ相手のプレースピードにも慣れ始め、FW杉本悠悟(1年)やMF蒲地壮汰(3年)の推進力を軸に攻撃の回数が増加。チーム全体に勇気の灯がともっていく。 21分。しつこいハイプレスから杉本が獲得した愛工大名電の左FK。チームの心臓部を担うMF三岡優(3年)が丁寧に蹴ったキックへ、途中出場のFW岩間丈一郎(3年)がニアに飛び込むと、頭に当てたボールは左スミのゴールネットを鮮やかに揺らす。2-1。沸騰する紫のスタンド。勝敗の行方はたちまち不透明感を増していく。 「3点目が取れずに、次の1点を相手に獲られてしまって、そこで相手が勢い付いてしまった感じがありました」(石井)。愛工大名電は攻める。とりわけ左サイドでDF中根陽向(1年)と蒲池壮汰が躍動。ボルテージを増した応援団の声援も後ろ盾に、同点への意欲を前面に押し出していく。 すると、最終盤に絶好の同点機が訪れる。40分。縦パスに巧みなターンで抜け出したFW水野桜介(3年)がエリア内でマーカーともつれて倒れると、主審はペナルティスポットを指し示す。土壇場で手にしたPKのチャンス。キッカーの蒲地壮汰は確実に右スミへ流し込む。2-2。同点。3回戦へと進出する権利は、PK戦で争うことになる。 真価を発揮したのは愛工大名電の“PKキーパー”だ。同点直後に投入されたGK相原諒(2年)は前橋育英の1人目と3人目のキックを完璧にセーブ。「あれは計算通りです。あれができるのが相原なので」と宮口監督。采配がズバリ的中する。 4人目が終わった段階で、3-2と愛工大名電が1点をリード。外せば負けが決まる先攻・前橋育英の5人目はきっちり成功。決めれば勝利となる愛工大名電5人目のキックは、しかし枠外へ。白熱の好勝負はまだ終わらない。 6人目、7人目はどちらも成功。前橋育英8人目もゴールネットを揺らし、迎えた愛工大名電8人目。ここでタイガー軍団の守護神が魅せる。「もう真ん中は捨てていたので、右か左かどっちかに飛ぼうと。最後はもう『右に来る!』と思ったので、思い切り右に飛びました」。右に飛んだ藤原がボールを力強く弾き出す。 「上に行くには必ずPK合戦はあると思っていましたけど、特に後半の内容を考えても、本当に勝てて良かったかなと思います」(山田監督)。後半は会場の空気をも支配した愛工大名電の健闘、実らず。崖っぷちから甦った前橋育英が、辛うじて3回戦へと駒を進める結果となった。 今シーズンの前橋育英には“嫌な記憶”があった。県7連覇が懸かっていたインターハイ群馬県予選準決勝で、共愛学園高にPK戦で競り負けてまさかの敗退。全国切符を逃してしまう。 「インハイに出られなかったことは、チームにとっても応援してくれている人たちにとっても残念な結果で、個人としても凄く責任を感じました。でも、それをしっかりとバネにしてやっていかないとあの負けが無駄になってしまうので、夏の間は個人としてもチームとしても甘さをもう1回見直す期間になったと思います」(石井) また同じ轍を踏むわけにはいかない。チームは改めてやるべきことを見つめ直すと、後半戦はプレミアリーグでも勝利を重ね、一時は優勝も視界へ捉えるまでにチーム力も向上。選手権予選では決勝で共愛学園にリベンジを果たし、冬の全国へと勝ち上がってきた。 ただ、この日は先に2点をリードしながら、追い付かれる展開に。「ハーフタイムには監督やコーチから『3点目が大事だぞ』と言われて、なかなか3点目を獲れなかったのに、ちょっと緩みや『大丈夫だろ』という雰囲気が出てしまったと思います」と石井。排除してきたはずの甘さや緩さが顔を覗かせ、PK戦の末に薄氷の勝利。山田監督も「本物じゃないというか、まだまだ課題がいっぱいあるかなと思います」と渋い表情を浮かべていた。 この日のPK戦での勝利は、“嫌な記憶”を払拭するまでには至らなかったが、それでも次のラウンドへと進む権利は勝ち獲った。彼らにはまだ記憶を上書きするチャンスが残っている。「今日の試合には“薬”がいっぱいありますよね。次のチャンスをいただいたというか、3回戦を全力で戦う機会を与えてもらったので、次も頑張りたいと思います」(山田監督)。 愛工大名電に突き付けられた“薬”は、果たして『良薬』になるか、否か。また同じ轍を踏むわけにはいかない。次の試合でこそ、2024年の前橋育英が1年を掛けて積み上げてきたものの真価が試される。 (取材・文 土屋雅史)