真面目そうなあの会社が、こんなクルマを? 意外過ぎる「奇作」 7選
意外なメーカーの意外な作品
どんな企業であろうと、リスクはできるだけ避けたいと思うものだ。それはほとんどの自動車メーカーも同じである。しかし、時には彼らも「羽目を外す」ことがある。非常に奇妙なクルマを生産したり、大胆すぎるコンセプトを発明したり、そして戦略的なミスを犯したりすることも。 【写真】こんなハイパワー、どこで使うんだ!【ダッジ・チャレンジャーSRTデーモン170を写真で見る】 (14枚) 良識的なメーカーがこのような「冒険」をするのは大変面白く、興味深いものだ。今回は、ちょっと意外で驚くようなクルマをいくつか紹介しよう。
ボルボ1800(1961年)
1950年代後半にごく少数生産されたファイバーグラス製ボディのP1900を除けば、ボルボが流麗なスポーツクーペを作るような気配はまるでなかった。しかも、十数年にわたって生産することになるとは、誰が想像できただろう? 1800のデビューは当時多くの人を驚かせた。生産後期には派生型のワゴンボディも追加されている。その後のボルボにも良いクルマはたくさんあるが、1800の繊細なエレガンスにかなうものはなかった。
ヒルマン・インプ(1963年)
シンガー・シャモアやサンビーム・スティレットなど、さまざまな名で販売されたインプ。その最大の特徴は、コベントリー・クライマックス社が設計した全合金製オーバーヘッドカムエンジンで、トランスアクスルのすぐ後ろの車体後部に、右側に傾けて搭載された。 ヒルマンの非常にオーソドックスなイメージから考えると、ロールス・ロイスが商用バンを出すくらいの驚きだった。これまで一度もこのようなものを発表したことがなかったし、これからもすることはないだろう。インプがまだ生産されていた頃、ヒルマンは新生クライスラー・ヨーロッパの一員となったが、すぐに瓦解し、1970年代後半にはプジョーに救済されることになった。
プリムス・プロウラー(1997年)
クライスラー傘下のプリムスのブランド末期には、消費者を期待させたり興奮させたりするような発表はほとんどなかった。唯一の例外は、古風なホットロッド的スタイルを持つプロウラーで、ミーアキャットの檻にいるキリンのように、プリムスの中では際立っていた。 さまざまな議論を呼んだが、V6エンジンとオートマチック・トランスミッションについて文句を言いたい人が多かったようだ。派生モデルとしてV8も計画されたが、こちらが量産化されることはなかった。