これほどグッとくるタイトルの映画はなかなかないです【みうらじゅんの映画チラシ放談】『MR.JIMMY ミスター・ジミー レッド・ツェッペリンに全てを捧げた男』『エマニュエル』
『エマニュエル』
── 2枚目のチラシは、1970年代に一世を風靡したソフトコアポルノ『エマニエル夫人』の再映画化、『エマニュエル』です。 みうら この世には「エマニエル」と「エマニュエル」のふたりが存在するんです。しかし、このチラシには「世界を虜にしたあのエマニエル夫人が」って書いてある。当然、主演がシルヴィア・クリステルさんじゃないことは分かるんですが、一体どっちなんだってことですよね(笑)。 ── 全身整形しましたっていう設定で役者が変わった1984年のシリーズ第4作ですね。 みうら そのリニューアルが“ニュエル”になったんでしょうか(笑)? “ニュエル”以降のやつも何本か観たことあるんですけど。今回の映画はその流れじゃないんですよね? “ニュエル”世代が観に行っても満足できる映画ってことでしょうね。 当時は本当、衝撃でしたね。今はクリステルっていうと滝川クリステルさんのことでしょうが、僕らの世代は間違いなくシルビア・クリステルでしたからね。 ── 確かに当時はクリステルさんなんて世界にシルビア・クリステルひとりしかいなかったですよね。 みうら 『エマニエル夫人』が大ヒットしたことで、日本も『東京エマニエル夫人』なんて映画も作りましたしね。『東京エマニエル夫人』は田口久美さんっていう方が主演だったんですけど、これは田口久美さんでもないですよね? 当時は『エマニエル夫人』があまりにも流行ったもんで、大人ものも大流行で、『五月みどりのかまきり夫人の告白』とか、高田美和さんの『軽井沢夫人』とか、数々の夫人モノが撮られたもんです。 でも今回のタイトルは『エマニュエル』ですけど、「あの『エマニエル夫人』が現代に生まれ変わる」って書いてあるじゃないですか。「あの」っていうところに点が打ってあるところも“ニエル”ファンをワクワクさせてますよね。 となると、前みたいに東南アジアを旅するんだろうと睨んでるんですけど、どうでしょう? このチラシの部屋の感じ、和風ですよね。 ── 確かにオリエンタルな雰囲気ありますね。 みうら このチラシが一番伝えようとしてるのがここだと僕は思うんですよ。日本にやって来るんじゃないですか? 『エマニエル夫人』の有名なポスターでは、籐家具の椅子に座ってるじゃないですか。あのポーズは、京都の広隆寺にある、弥勒菩薩のポーズをマネていますよね。 ── ああ、確かにそうですね。 みうら 物思いにふけって、手を口元に寄せて、足を組んでる姿って、仏像では半跏思惟のポーズって言うんですが、あの1作目では、劇中日本に来てもいないのにあのポーズなんですよ! 僕は「タイに行く前に日本にも立ち寄って、京都の広隆寺で弥勒菩薩を見たに違いない」とずっと思ってるんです。 ── でも手が逆ですね。 みうら そうです、そうなんですよ! よくお気付きになりましたね。確かにすべてが逆なんです。僕が唱えているのは、デザイナーがポスターを作るとき、タイトルの入れ方など考えてわざと写真を左右逆にしたんじゃないかっていう説なんです。 ── 撮影した現場では、ちゃんと弥勒菩薩を正しくトレースしてたはずだってことですか? みうら そうですね。ボブ・ディランのファースト・アルバムのジャケ写も、吉田拓郎さんの『人間なんて』のジャケ写も逆版なんです。たぶん、デザイナーがそうしたんでしょう。 籐家具の椅子も、実は1作目では背もたれがたいして大きくないんです。それがあのイメージポスターで映画が大ヒットしたもんで、その後籐家具の後ろを大きく、丸くしていったんです。たぶんそれも、仏像の“光背”に似せて作ったんだと思います。 ── つまり『エマニエル夫人』には日本の仏教文化の影響があったとおっしゃっている? みうら そうですね。だから、このチラシの写真は、広隆寺がある京都の太秦近くのホテルで撮ったと僕は思っています。おそらく映画にも、夫と弥勒菩薩を見に行くシーンは出てくると思います。ついでに、広隆寺の裏にある東映太秦映画村にも行ってるはずだと僕は踏んでるんです。ま、こればっかりは観てみないと分かりませんけどね(笑)。 取材・文:村山章 (C)One Two Three Films (C)2024 CHANTELOUVE - RECTANGLE PRODUCTIONS - GOODFELLAS - PATHE FILMS ■みうらじゅんプロフィール 1958年生まれ。1980年に漫画家としてデビュー。イラストレーター、小説家、エッセイスト、ミュージシャン、仏像愛好家など様々な顔を持ち、“マイブーム”“ゆるキャラ”の名づけ親としても知られる。『マイ修行映画』(文藝春秋)、『みうらじゅんのゆるゆる映画劇場』『「ない仕事」の作り方』(ともに文春文庫)など著作も多数。