世界ランカーと緊迫の優勝争い “聖地”で魅せた申ジエ選手の笑顔【記者が見たベストバウト2024】
2024年もギャラリーを魅了する熱戦の数々が繰り広げられたゴルフ界。その中で現地記者が心を揺さぶられた一戦を「ベストバウト」として紹介する。今回は8月の海外メジャー「AIG女子オープン」。 【写真】しぶこ、スウィルカン・ブリッジで記念撮影 今季のメジャー最終戦は世界中のゴルファーが憧れる“聖地”セント・アンドリュース(スコットランド)で行われた。出場枠144人中、過去最多となる日本勢19人が名を連ねたことも注目ポイントだったが、今回は日本ツアーを主戦場とする申ジエ選手(韓国)の奮闘に焦点を当てたい。 「ベストバウト」の前に、まず“聖地”が放つ雰囲気に心を揺さぶられた。1番と18番を共有する波打つようなアンジュレーションのフェアウェイを取り囲む歴史ある建物群。さらには、“ゴルフの総本山”R&Aのクラブハウスが荘重な雰囲気を醸し出す。 特有の2ホール共有のダブル・フェアウェイやダブル・グリーンに加え、難関17番ホールの“オーラ”にも圧倒される。ホテル越えのティショットが求められるこのホールでは、かつて中嶋常幸がこのバンカーにつかまり「9」を叩いて以来、『トミーズバンカー』と呼ばれるポットバンカーが待ち受け、グリーン奥にこぼせば、“救済無し”のアスファルト道が待ち構える。時に理不尽とも感じられるレイアウト。初日、渋野日向子選手はこのアスファルトにつかまってトリプルボギー。まさに聖地の洗礼だった。 大会期間中は毎日のように強風と雨が続き、4日間通して穏やかなコンディションは一日もなかった。リンクス特有の寒さに加え、午前と午後で天候が激変。スタート時間の運にも左右される過酷な大会だった。 日本勢は9人が週末行きの切符を手にしたが、3日目を終えて単独首位に躍り出たのは日本ツアーでおなじみのジエ選手だった。難しいコンディションに多くの選手が翻ろうされるなか、この3日間は「71」「71」「67」とアンダーパーを並べた。「スペシャルな感じがある」と聖地での戦いに気合も入り、12年ぶりの大会3勝目へ王手をかけた。 1打リードで迎えた最終日。前半は3番のボギーが先に来たが、7番でバーディを奪って折り返した。後半に入ると風はもちろん、時折、強い雨も降りコンディションはさらに難化。「前半まではガマンしましたが、後半はより難しかった。私の距離的には長いクラブしか打てなかった」と、後半は2つ落とし、リディア・コ選手(ニュージーランド)の追い上げについて行くことができず、勝利を逃す結果となった。 一時はジエ、リディア選手、ネリー・コルダ選手、リリア・ヴ選手(ともに米国)の4人が首位に並ぶ、緊迫の優勝争い。コルダ選手はホールを重ねるごとに表情も険しさを増していたが、対照的にジエ選手は笑顔を絶やさなかった。「ここでプレーできることに感謝したいし、うれしい」。“聖地”での優勝争いを心から楽しんでいたのだ。 雨風が吹き荒れた最終日も、最終組がグリーンを上がるころには18番グリーンに夕日が差し込んだ。「18番からやっといい天気になって、ティショットから(景色を)目に焼き付けながら歩いていた。最後はいいバーディでした」。バーディフィニッシュにこぶしを突き上げてガッツポーズ。夕日に照らされたジエ選手の表情はすがすがしく、聖地でのゴルフを楽しむ36歳の姿に心を揺さぶられた。 「寒い中、日本の方から応援をもらった。皆さんのおかげで今までプレーできているので、まだ止まらないように頑張ります」。ファンへの感謝も忘れない人格者。笑顔で世界ランカーと渡り合ったジエのプレーは多くの人の心に刻まれたはずだ。(文・齊藤啓介)