なぜ日本のマンガは、次々に「メガヒット」するのか
週刊漫画誌という発明
では、なぜ日本でここまでたくさんのマンガを生み出すことができたのか? それは、漫画雑誌、とりわけ週刊漫画雑誌という存在が大きく寄与しています。 現在の漫画雑誌は、今から60年以上前の1959年に小学館の週刊少年サンデー、講談社の週刊少年マガジンが、同時に創刊したところから形づくられました。のちに集英社の週刊少年ジャンプ、秋田書店の週刊少年チャンピオンなども創刊し、それがマンガ発展の基礎となる、多数かつ多様な作品を産む土壌となり、ヒット作品を産み出す基盤になっています。 これより前、貸本や漫画少年などその原型になるものはありましたが、今回は今のヒット漫画にフォーカスするため、あえて週刊漫画誌あたりから話をスタートします。 週刊漫画雑誌というのは、世界に類のないユニークなものでした。 紙のマンガの時代、先行していた米国のマンガであるアメコミの世界でも日本の「連載」の概念に近いかたちで、1話1話を20~32ページの冊子で販売する「リーフ」という形態をとっていました。また、週刊ペースに近い形態で発刊することもありますが、その場合は奇数話と偶数話で制作チームが違うなどといった、並列制作が可能な制作スタジオ形式を取るなど、1作に1漫画家と1編集者という日本のスタイルとは少し違うかたちとなっています。 フランスのマンガ「バンドデシネ」にいたっては、芸術性を評価されるお国柄があるからか、1作家が1年間かけて単行本(日本で言うと新書1冊というようなページのボリュームのもの)1冊を作って発表するというようなかたちが多いようです(ヒット作家さんのインタビューによると、ネームや下書きを描かないなど、日本と違う所も多いようです)。
週刊漫画誌の特徴
日本の週刊漫画誌は、1誌当たりおよそ20作品が掲載され、1話20ページ前後のマンガを原則1カ月に4~5本、漫画家1人当たり年間で40~50本ほど掲載します。2024年現在の今でこそ、週刊連載は適宜1カ月に1週休載を入れるなどして、作家の体調を維持するようになりましたが、70年ほどの漫画雑誌の歴史のうち、ほとんどの期間は、毎週休まず漫画家が描き続けることが当然となっていました。 先述の通り、アメコミなども早いペースの連載はありますが、1人の作家と1人の編集者が、読者が読んで満足するボリュームの作品を週に1度描いて出し続けるというのは、世界に類を見ないとんでもないハイペースでの作品の量産となり、これが日本マンガの豊かな裾野となっています。 現在も出版され続けている複数の週刊少年漫画誌のほかに、ヤングジャンプ、ヤングマガジン、ビッグコミックスピリッツといった、少し上の世代を狙った青年向けの週刊漫画誌や、多数の月刊誌、隔週刊誌などが生まれ、漫画雑誌はピーク時で200を優に超える数となりました。 一つひとつの媒体の発行ペースも早いですが、前出の「アメコミ」や「バンドデシネ」に比べると、そのレーベル数もはるかに凌駕(りょうが)します。よって、諸外国に比べるとはるかに膨大な作品を生み出し続けてきたこととなりました。 そして、漫画雑誌はさまざまな読み手の属性を持っています。 大きい括(くく)りとして、少年誌、青年誌、少女誌、女性誌、児童誌や成人向けの年齢層別、ファンタジーや歴史ものなどカテゴリーに特化するもの、BLやTLなどのジャンルに特化するものなど、その中で多様な作品を育んできました。この膨大なジャンルの数も前出の「裾野」を構成する大事な要素です。 これらの膨大かつ多様な媒体は、作品の多様性を生みました。 この多数の編集部が子ども向けから大人向け、趣味嗜好性癖を広くカバーする豊穣なる多産の仕組みとなり、裾野を広める起点となっています。 (菊池健、一般社団法人MANGA総合研究所所長/マスケット合同会社代表)
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