追悼 済美の上甲監督が貫いたもの
初めてお会いしたのは、昨年6月のことだ。春の甲子園で安楽智大投手が772球を投げたことが米国でも話題となり、米スポーツ有線局「ESPN」のテレビ番組と、雑誌「ESPN」の合同取材が決まり、通訳、コーディネイターとして監督を取材した。 当初、取材を断られることも考えた。当時米メディアは、上甲監督を批判していた。若い才能をつぶす気か、と。が、実際に取材を申し入れると、「どうぞ、来てください」。練習でも、練習試合でも、テレビカメラの立ち入りを制限することなく、ある練習試合では、ダグアウトの中から撮影を許可した。 取材中、こんなこともあった。ある日の練習前、上甲監督が選手らを、激しくしかっていた。前日の練習試合のとき、弁当で出たゴミなどを捨てずに残していった選手がいたらしい。 「恥ずかしくないのか! 君たちは、済美高校野球部の選手なんだぞ!」。 米記者らが耳打ちして来た。 「何を怒ってるんだ?」 事情を説明すると、彼らは一様に居住まいを正した。 インタビューでは、腕まくりをして、「あのとき、安楽を投げさせない選択肢はなかったのか?」と聞く米リポーターに、監督はこう返した。「私にも聞かせてほしい。あれだけ守られているアメリカの投手が次々にケガをするのは、なぜですか?」。 その議論はなんと、その日の夜まで持ち越され、上甲監督と米メディアは、例えば、アイシングの効果についても、ちゃんこ鍋をつつきながら、互いの考えを交わし合ったのだった。3軒目のお店に行ったとき、「ここまで取材させてもらえるとは思っていませんでした」とお礼を言うと、監督は穏やかな表情で言っている。 「まあ、全部を見てもらおうと思って。日本の高校野球とは何か。否定するにしもて、肯定するにしても、そのための材料を見てほしかった」。最初は、否定ありきで取材に来たかもしれない米メディアだが、帰る頃には考え方を変えていた。雑誌の記事を担当したクリス・ジョーンズ記者が、こう言っていたのが今も印象に残る。 「自分たちの価値観で、相手の文化を判断することは、してはいけないことではないか」 今年7月を過ぎて、上甲監督からメールが届いた。今度は猫が付いていた。「また、いつでも電話してくださいね」。 7月の県予選に、出来れば行きたい、というやり取りをしていたので、それに関連することと理解したが、実は、伝えたいことがあったのだと、今は思う。それは確信に変わっている。その話を聞けなかったこと、予選のときに顔を出せなかったことが、今、痛烈に悔やまれる。 (文責・丹羽政善/米国在住スポーツライター)