名ばかりの透明性… 橋本聖子新会長選考に残った疑問…本当に議論は尽くされたのか?
加えて「人権問題になる」との理由で9人の候補者名も伏せられた。御手洗氏が説明するように立候補制ではなかったため、名前を出された人は困惑するのかもしれない。だが、5つのクライテリアのうちの何に欠けていたかを明らかにされることに不都合があるのだろうか。「透明なプロセス」にこだわったのならば本人の承諾を得た人だけでも名前を公表すべきだっただろう。 また複数の候補者を残し35人いる理事会での投票などの民主的な手続きが取られなかったことにも疑念が残った。御手洗氏は「35人の代表として、(IOCやJOC、都庁、アスリートなどと)直接的、間接的に関係のある8人を選んだ。効率的という意味でも良かった。最終的に決定するのは理事会で、そのときに理事が意見を言うチャンスはある」と抗弁した。しかし橋本氏からの内諾を受け、菅総理と面談した上で、大臣の辞任まで行った後の”最終的な儀式”とも言える理事会の場で、誰が人事をひっくり返すような議論を持ち出すことができるのか。ここまでプロセスを「透明だ」と正当化すれば、もはや茶番である。 そして橋本氏を選任する上でネックとなったのは、ソチ五輪の閉会式後に起こしたセクハラ事件と、政府の閣僚であったことから官邸の影響を受けやすい立場にあり、辞任した森氏を「大変特別な存在」と慕う間柄にあるという部分だった。 五輪憲章では「政治的中立」が厳命されているが、橋本氏は「IOCにも国にも認められている」との理由で、五輪大臣は辞任したが、自民党は離党せず議員辞職も行わなかった。 7年前のセクハラ事件については会見で「軽率な行動について当時も今も深く反省している」とした上で「その経緯を自分自身も受けとめながら会長職を全う。多様性、男女平等などあらゆる問題に対し、オリンピズムの原則、オリンピックムーブメントを着実に進めていきたい」と約束した。 だが、問題は候補者検討委員会で、このセクハラ問題が審議のテーマに上がらなかったという点だ。御手洗氏は「結論から言いますと議論はなかった。国務大臣(五輪担当相)をやっているわけだし、社会的にも政府の中でも橋本さんのやった謝罪を受け入れて問題にしなかったと解釈している」とした。あくまでも御手洗氏の解釈だが、この問題を討議しなかった点で、失礼だが、35人の理事から指名された8人の検討委員会のメンバーは選ばれるにふさわしくなかったと言っていい。せめて外部の有識者を検討委員会に入れるべきだった。だが、御手洗氏は、そういうメンバー構成にしなかった理由を「1日を争う猛スピードで決めなければならず時間がなかった」「余裕がなかった」と説明した。