グリーンツーリズムやエコツアーなど、鳴子で感じる森の魅力、旅のチカラ
【この人に聞きました】SomeSpice合同会社 代表 齋藤理さん
父も祖父もエンジニア、鳴子温泉郷(宮城県大崎市)で旅行ガイドを務める齋藤理(おさむ)さん(34)が仙台の高等専門学校で7年間、情報工学を学び、同じ道を歩み始めたのも、ごく自然なことだった。だが、ある光景がいつも心に残っていたという。子供の頃、郊外の森で遊んだ記憶。ITの世界は嫌いじゃない。でも、人生をかけて挑戦すべき道は、別のところにあるのではないか……。 卒業後、システム開発に携わった会社に辞表を出したのは、高専時代に東日本大震災を経験したから、なのかもしれない。あの夜、停電で真っ暗になった空の向こうが赤く染まっていた。津波に襲われた港で火災が起きたと知ったのは、翌朝になってからだ。自然は時に人に牙を剥く。しかし、癒やしや喜び、生きる力も与えてくれる。だから、森を大切にしなければならない。そんな思いが芽生えていた。
渓谷に刻まれた鳴子峡の絶景、大地の息吹を思わせる間欠泉、神秘のカルデラ湖、山々を覆うブナの原生林、火山が生んだ多彩な景観に魅せられた齋藤さんは27歳の時、鳴子温泉郷に移住。宿の主人、こけしや漆器職人、林業者など住民の地域おこしネットワーク「もりたびの会」に参加し、森の仲間とともにグリーンツーリズム、エコツアーなど持続可能な旅づくりを目指すようになった。 俳人・松尾芭蕉が歩いた古道のトレッキング、未利用の地域産材を活用した木質バイオマスの視察ツアー。温泉が湧き出る沢をたどりながら、放置ごみ回収など自然保護を学んだり、雪の季節には子供たちと楓の樹液からメープルシロップを作ったり。旅を通して、森の奥深さ、素晴らしさを知ってもらう。彼は新しい道への第一歩を踏み出した。 「旅は人生を彩るスパイス」と言う。主役は自然や人の営み。ガイドがそこに色と香りを添えれば、旅はかけがいのない記憶となる。昨年、ひとりで立ち上げたツアー企画・ガイド会社は「Some Spice」と名付けた。新たな挑戦は今、始まったばかりだ。 文・三沢明彦 ※「旅行読売」2024年10月号より