人はどんな時自分語りをしたくなるのか。人生を語る読書会が幕を開ける――直木賞候補作『よむよむかたる』ロングインタビュー
人はどんな時自分語りをしたくなるのか。平均年齢85歳の超高齢読書サークルの200日を描いて直木賞候補作となった『よむよむかたる』(朝倉かすみ)は、著者の母が通っていた読書会の光景がヒントとなり生まれました。幸福な時間が溢れだす、〈人生を語る読書会〉の秘密に迫ります。 【写真】この記事の写真を見る(6枚)
個人的な思いを語る読書会があってもいい
――新作『よむよむかたる』は、北海道は小樽の古民家カフェで開かれる高齢者の読書サークルのお話ですね。ものすごく楽しく読みましたが、どういう出発点だったのですか。 朝倉 編集者の方たちとお話ししている時に、うちの母親の話になったんです。母親がもう二十年くらい読書会に参加しているという話をだらだらしていたら、「それを書けばいいじゃないですか」と。 ――朝倉さんのお母さんといえば、前作『にぎやかな落日』の主人公、おもちさんのモデルとなった方ですよね。おもちさんの日常に読書会ってでてきましたっけ。 朝倉 でてきてないですね。『にぎやかな落日』には、あえてそういう知的な要素は入れないようにしたんです。 うちの母は七十歳になるかならないかの頃から、「年を取ってからお友達がいないと駄目だ」と言って、踊りとかカラオケとか、いろんなシニアのサークルに行き始めたんです。そのなかに読書会もあって、それだけが長く続いているんですよ。そしてとにかく、何があっても読書会にだけは必ず行こうとする。本当に「行かないと死ぬ」くらいの勢いで。そんなにまで行きたいのって何? ってずっと不思議に思っていました。 その読書会は、一人の作家の小説を全作読んでいくという集まりで、小檜山博という作家の文学を読んでいます。小檜山さんは今八十七歳で、読書会の参加者たちと同世代、苦しい暮らしの中で育った人なんですね。そういうところがみんなの琴線に触れたみたいです。 ――その読書会を見学されたことがあるのですか。 朝倉 あります。図書館の中にある畳の部屋で、十数人でやっていましたね。一人ずつ朗読して、その朗読や小説の感想を言い合って、小檜山博って素晴らしいねと言ったり、それぞれの思い出を語ったりして。自分たちと小檜山博を褒めるという二大褒めの会でした。 ――本作の〈坂の途中で本を読む会〉も、一人ずつ、少しずつ朗読しては感想を言い合っていきますよね。朗読するのが面白いなと思ったら、実際にそうだったんですね。 朝倉 朗読っていいなと思いましたね。まず人前で読む緊張感があるし、声に出すことではじめて気づくこともあるし。それに、前もって割り当てられると、何回も読む練習をするでしょう。繰り返し読んでいるうちに分かることもあると思います。 ――視点人物は参加している高齢者ではなく、カフェの店主の二十八歳の青年、安田松生です。この設定にしたのはどうしてでしょう。 朝倉 老人の参加者の一人を視点人物にしたら、老人たちのことを通訳できる人がいないじゃないですか。私が母の読書会を見た時、すごくびっくりしたんですよ。「老人たちの読書会って、こういうやりとりをしながら進んでいくんだ!」みたいな新鮮な驚きがあったので、そのワンダー感を伝えてくれる人がほしかったんです。 ――安田は新人作家ですが、ある出来事がきっかけで書けなくなっている。そんな彼を、喫茶店のオーナーである叔母の美智留が小樽に呼び寄せたんですよね。自分は夫の転勤で小樽を離れることになったので、安田に店を引き継がせたという経緯がある。 朝倉 彼は、私が思ういまどきの若い人のいいところを集めた感じの人ですね。お行儀がよくて、生意気な感じがなくて、でもちゃんと意見も持っている人。ジェントルで、臆病なところもある人です。