途上国を「法」で支援する、「日本型」国際貢献が支持される理由
伊藤さんは昨年3月に帰任、いまはまた検事として働いている。当初は困惑することも多かったラオス滞在だが、今も心に残る現地の言葉がある。「ボーペンニャン」という。 「気にすんなよ、という意味です。他人から迷惑をかけられたときに使う言葉なのですが、ラオスの人たちは、自分が他人に迷惑をかけたときも言いますからね(笑)。そういうところもひっくるめてあの国が大好きになりました。今はコロナ禍ですが、いつか旅行で行きたいねと妻と話をしています」
ベトナムから法律を学びに日本へ
アジア各国の法整備支援にJICAより早くから力を入れているのが、名古屋大学だ。法学部設立40周年記念で集まった基金を元に研究教育をスタート。同大学法学部の森嶌昭夫教授(当時、現・名誉教授)が92年にベトナムのハノイ市を訪れた際、当時の司法大臣であるグエン・ディン・ロック氏から民法の立法作業支援を懇願されたことから、法整備支援が始まった。まだ日本政府の援助もなく手弁当での活動だったが、ベトナム政府の司法関係者たちの熱意に心を打たれた森嶌氏は足繁くベトナムに通い、民法の起草作業を開始した。 「その後はアジアでの人材育成にも取り組み、ベトナムの司法大臣や副大臣は名古屋大学大学院の修了生です。また、大学ではベトナムを始め、ミャンマーやインドネシアなど7カ国8都市に『日本法教育研究センター』を設立し、日本語による日本法の教育をするなど、人材育成に貢献しています」(名古屋大学法政国際教育協力研究センター講師・牧野絵美さん) 現在、ハノイの日系法律事務所で弁護士として勤務するトゥオン・ティ・トゥ・ホアイさん(30)は、ハノイ法科大学時代に名古屋大学の取り組みを知った。 「大学に入学するとき、日本法教育研究センターのポスターや資料を見たのがきっかけです。センターに入れば、無料で日本語などを勉強できて、留学するチャンスがあることを知りました。日本について勉強するうちに、留学の決心が強くなりました」 ホアイさんはそれまで日本語の勉強をしたことがなかった。「あいうえお」を覚えるところから始めて、日本の文化や歴史、法制度を法科大学の勉強と並行して学んでいった。 「1、2年生のときは漢字が覚えられず大変でした。宿題と試験も多かったし。それでも民法を勉強すると、日常の生活が全て法律と関係しているのがわかり、面白かったです。市場で野菜を買うのも契約なんだ、とか」 2014年、ホアイさんは念願の名古屋大学に留学を果たす。日本の大学の法学部の講義は、ベトナムのそれとは大きく違っていたという。