プラごみの海に沈む地球を救う方法...「たった4つの政策」で廃棄は90%減できる
製造量の3分の1が使い捨て
国際プラスチック条約の策定プロセスが始まってから2年、リユースの規模拡大やリサイクルのシステムの改善、プラごみの移転を防ぐ方法などに関する研究も勢いづいている。 本誌が話を聞いた企業や学界、非営利団体の指導者たちは異口同音に、プラスチック産業の在り方を変え、プラスチックのサーキュラー・エコノミーを実現できるようなシステムを立ち上げる「一生に一度」あるかないかの機会だと語った。 人類によるプラスチックの使用量およびプラごみの量を正確につかむのは難しい。20年に発表されたある推計によれば、これまでに製造されたプラスチックの総重量は地球上の動物全ての重さの2倍になるという。 国連環境計画(UNEP)の試算では、世界で1年間に製造されるプラスチックのうち、包装資材やボトルや袋など使い捨てされる製品が占める割合は実に3分の1。それが大量のごみとなって川や海に流れ込むわけだが、数十年、下手をすれば数百年も分解されずに残ってしまう。 国際自然保護連合(IUCN)は、海に流れ込むプラスチックの量が年に1400万トンに上るとみている。これは海洋ごみの80%に相当する。
海の食物連鎖を揺るがす危機
カリフォルニア大学サンタバーバラ校(UCSB)のダグラス・マッコーリー教授(海洋学)が問題の深刻さを悟ったのは、太平洋のはるか沖の島々で海鳥の巣からプラごみを採集した時だった。 「プラスチック汚染は海の新たな癌と言えるほどに深刻化していると思う」とマッコーリーは述べた。「クジラたちはプランクトンと一緒に、1日に何百万粒ものマイクロプラスチックをのみ込んでいる」 大型動物への影響もさることながら、マッコーリーが懸念しているのは、海の食物連鎖の一番下にいる小さな海洋生物への影響だ。 「食物連鎖の土台部分が失われたらどうなるか見当もつかない。そうした生き物がマイクロプラスチックやナノプラスチックの影響を受けているのはほぼ間違いない」と彼は言う。「海の未来は危機に瀕していると言っても過言ではないと思う」 危機に瀕しているのは海だけではない。プラスチックの製造は気候にも大きな影響を及ぼしている。 プラスチックの多くは石油化学製品から作られ、その過程で大気中に温室効果ガスが排出される。米エネルギー省のローレンス・バークレー国立研究所の研究によれば、主要な種類のプラスチックポリマーの製造により排出される温室効果ガスは、世界の総排出量の5%を占め、航空業界の排出量を上回る。 さらに、人体への影響を指摘する研究も増え続けている。 「海洋プラスチックを目にしても、人間の健康への影響はないと人々は考えている」。そう本誌に語るのは、ニューヨーク大学医学大学院小児科教授で、同大学ランゴン医療センター環境有害物質研究所長のレオナルド・トラサンデだ。 トラサンデら専門家の多くの研究によれば、一部のプラスチックに使用されている化学物質のフタル酸塩やビスフェノールは、幅広い健康問題と関連している。例えば、児童の発達障害、肥満や糖尿病だ。 「これらの化学物質はごく限られた種類を見ても、人間の健康に悪影響を与えることを示す有力な証拠がある。つまり、いま分かっているよりも重大な問題が存在するのかもしれない」と、トラサンデは話す。 一方で「大きな変化」も起きているという。きっかけは、22年に国連環境総会が国際プラスチック条約に向けた政府間交渉委員会の設置を採択して以来、議論の範囲が単なる廃棄物削減から人間の健康リスクなどへと拡大していることだ。 UCSBのマッコーリーも同様の見方をしている。政府間交渉が継続するなか、いくつかの国やアメリカの州・都市レベルでの成功例を、プラごみ危機の深刻さと釣り合う国際規模の取り組みに押し上げる可能性について「慎重ながらも楽観的」だと言う。「世界的な問題なのだから、世界的な解決策が必要だ」 マッコーリーと同僚らは、国際プラスチック条約をめぐる交渉で検討中の対策をさまざまに組み合わせて、削減可能な廃棄量を予測する機械学習モデルを開発している。 「これまでに判明したのは、特効薬はないということだ」と、UCSBベニオフ海洋科学研究所で海洋生態系保護活動を担当するニール・ネイサンは言う。「一貫性のある政策セットが求められている」 マッコーリーらは今年11月、カリフォルニア大学バークレー校の科学者との共同研究を米学術誌サイエンスで発表した。 それによると、従来どおりの場合、廃棄プラスチックの年間排出量は50年までにほぼ倍増し、1億2100万トンに達する見込みだ。1年当たりの温室効果ガス排出量にプラスチック生産が占める割合は、同期間に37%増加するという。 だが、4つの政策的アプローチを組み合わせるだけで、プラスチック生産による温室効果ガス排出量を50年までに3分の1削減し、廃棄プラスチックを90%減らせる。 その4つの柱とはリサイクルの義務化、プラスチック製包装への課税、廃棄物管理・リサイクルインフラへの投資、新規プラスチックの生産量を20年当時に抑える合意だ。 自動車の省エネ化や救急医療製品に欠かせないプラスチックは「誰もが知っているように、有益性の高い素材だ」と、マッコーリーは話す。「だが使用時間が35秒間で、自然分解されるのに350年かかるストローの製造は、社会と経済におけるプラスチックの最も重要な目的ではない」