ポール・マッカートニーの秘蔵フィルムが解禁! ビートルズの熱狂を振り返る。
しかし、それだけではポールの写真が伝えるものはパパラッチや報道のそれと変わらないということになる。タイトル通り、アートおよびカルチャー史の一大事件であるビートルズ旋風の中心であったポール本人から見た光景として、舞台裏のメンバーの表情、スタッフや業界人、ファン、都市の風景などの総数250点の写真を改めて観ていくと、ビートルズが起こした歴史の切断が偶然でなかったことが分かってくる。 シティビューで静かに展示を観る私たちの外側の世界でも、戦争や政争などの騒がしさが続いているが、それは1960年代と変わらない。当時もまた、ベトナム反戦運動、ケネディ大統領暗殺、第二次フェミニズム――すなわち“性と政治の季節”であった。一方エンターテイメントでは、ノウハウを蓄積した業界の大人たちに指導され、アイドルたちが高度な芸を披露するという状況であった。このような中で、ビートルズの4人は、自分たちは世界のどこにいてそれはなぜなのかという問いの答えが手に入らぬことへの焦燥感と衝動を、そしてその先にあるはずの自由の楽しさ(と怖さ)を、ブラック・ミュージックから大胆に借用し自分たちと重ね合わせ音楽とスタイルを通して表現した。展示にもあるデビュー当時のマネージャー、ブライアン・エプスタインのいう“率直さ”という言葉はそのことの革新性を控え目に述べたものだ。ポールの写真の魅力と同じく、それは第一義として技巧の完成度とやらではない。
リヴァプール/ロンドン/パリで撮影されたモノトーンの彼らはスーツに身を包みながらも前髪を垂らし、表情やポーズはユーモアや遊び心に溢れて見える。しかしながら、彼らの周囲の世界は、取り巻く大人たちも同世代もポールが言うところの「親の世代のイギリス」の質素な倫理や階級、ジェンダー規範に未だ沿っているようだ。4人だけに漂う解放への予感は、展示の後半、マイアミのスイミング・プールで撮影された、突如カラフルなイメージの群れとして鮮やかに現れる。彼らの成功への階段の舞台となったアメリカという国の若さと“ポップ”は相性がいい。 "Eyes of the Storm"を評して、若さやデモクラティックな価値への信頼とビートルズの体現したポップ・ミュージック/カルチャーはどこかで結ばれている、という評論家めいた物言いも可能だ。しかし、彼らの音楽もポールの写真もそのような語り口調を好まない。そうではない伝え方の可能性の発見/転換こそが、ビートルズを、21世紀にまで続く“ポップ”時代の最初の顕れとしたのだ。故・坂本龍一の「ビートルズの音楽は100年後も残る」という発言が思い出されるような展示となっている。
『ポール・マッカートニー写真展 1963-64~Eyes of the Storm~』
〈東京シティビュー〉東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー52階。~2024年9月24日。10時~19時。金土は~20時。※入館は閉館の30分前まで。一般2,600円ほか。
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