「単一市場」とは? EUと英国の複雑な関係 坂東太郎のよく分かる時事用語
「ハード」と「ソフト」路線の違い
イギリスはシェンゲン協定には入っていませんが、リスボン条約の「移動の自由」は認めるしかなく、域内国の移民を拒めません。ユーロも採用せず、ポンドを使い続けています。ただし域内の関税ゼロやシングルパスポート・ルールの恩恵は受けています。 今年1月、メイ首相は「私の提案はEU単一市場のメンバーでいることを意味しない」と演説しました。 前述の通り、EU加盟国は域内の貿易が無関税。そこから完全に離脱するという意味で「ハード・ブレグジット」(強硬離脱)などとマスコミは伝えています。この発言は、素直に聞けば離脱後のEUとの貿易で関税をかけられる可能性があります。対して「経済的なダメージが大きい」と関税同盟はなるべく維持したいとする「ソフト・ブレグジット」(穏健離脱)を唱えるグループは今後を不安視しています もともと「ブレグジット」(Brexit =イギリスのEU離脱)支持の最大の理由は「移民を拒めないので雇用を奪われるばかりか、医療や教育といった公のサービスまで圧迫されている。移民制限をするには離脱しかない」でした。首相演説は移民の規制を明確にしています。論理的には「だから単一市場からも離脱する」は正しいともいえましょう。 というのも国民投票の後、EU主要国から「移民は制限するけど単一市場には残りたい」という「ソフト」な主張は「いいとこ取り」と批判されていたので。移民受け入れ義務を果たさないならば、関税ゼロなどの恩恵も与えないという姿勢です。
最初は背を向けたが1973年に加盟実現
昨年6月の国民投票は「エコノミー」(経済的な利益から残留すべし)と「エモーション」(国民感情を重視して離脱すべし)の対立とみなされていました。結局「エモーション」が勝ったわけです。では「感情」とは何でしょうか。 イギリスはかつて世界各地に植民地や自治領を抱え、「大英帝国」とも呼ばれた大国でした。その栄光と挫折を知る年配の多数が離脱を支持しています。「感情」の根本には第二次世界大戦を勝ち抜いたチャーチル元首相の言葉「ヨーロッパとともにあるがその一部ではない」に象徴されるでしょう。 彼は大戦終了後、いち早く「ヨーロッパ合衆国」を訴えたにもかかわらず、実現性が出てくると敬遠し続けました。単なる違和感以外にも、かつての植民地諸国などとの結びつきを重視する「イギリス連邦」の存在と、アングロ・サクソンという主要民族が一致するアメリカへの親近感が存在し、さらに今でこそ戦後を「米ソ・二大超大国の時代」とみなしますが、大戦で「戦勝国」の位置にあったイギリスは当時、自らを加えた「三大国(ビッグスリー)」の一角と自負もしていました。 したがってイギリスは、1958年に結成されたEUの前身である欧州経済共同体(EEC)に加わらず、イギリスとデンマーク、ノルウェー、スウェーデンの北欧諸国、永世中立国のスイスとオーストリアにポルトガルを加えた7か国でヨーロッパ自由貿易連合(EFTA)を1960年に発足させました。しかし関税同盟や労働力の自由な移動など国家の枠組みを超えた試みをしていたEECより、ずっとゆるやかな自由貿易の地域帯にとどまります。 もともと「世界の工場」すなわち輸出力こそ、イギリスが「大英帝国」として君臨できた原動力。しかしEEC内での人、モノ、カネのやりとりの方が効率的であるため、イギリスの輸出は減少しました。しかも同様に、ゆるやかだったイギリス連邦加盟国もイギリス本国への輸出入よりも有利な相手国との貿易を伸ばすようになり、親近感を示すアメリカとの経済格差は年を追って開くばかりと八方ふさがりに陥りました。 たまりかねたイギリスは1963年と68年の2回、EEC(67年からはEC=欧州共同体)加入を申し入れましたが、二度ともド・ゴール仏大統領に拒絶されました。1度目はイギリスがアメリカとの関係を欧州より重視していると、2度目はIMF(国際通貨基金)からの借り入れをしなければならぬほど行き詰まっていたイギリスが加入しても、何の役にも立たないとの理由で。ナチスドイツに席巻されて困り果てたド・ゴールが組織した亡命政府「自由フランス」に手を差し伸べて、大戦末の臨時政府樹立まで手助けしたイギリスにとって大きな屈辱となります。加盟はド・ゴールが去った73年まで待たなければなりませんでした。 中高年の「大英帝国」懐古派には「離脱してもイギリス連邦がある」とする向きもあります。1929年に発生した世界恐慌への対抗上、連邦はブロック経済化し保護主義へと走りました。連邦外との関税を上げて内側では低く設定したのです。こうした傾向が第二次世界大戦の一因と戦後に指摘されました。また前述の通り、連邦の優位性を失ったがゆえEUの前身に加盟しようとした経緯を考えると、「EUを離脱しても連邦がある」は原因と結果が逆転しているともいえます。連邦加盟国との関係は薄まる一方というのが現状なのです。