僕にとって殺しとは……うーん、「世界平和」とかどう?
孤高のハードボイルド作家、樋口毅宏によるLEON初の連載小説『クワトロ・フォルマッジ -四人の殺し屋-』 。エロス&バイオレンス満載の危険な物語の【第3話 その1】を特別公開します。 クワトロ・フォルマッジ
■ 三人目の殺し屋:Matsuoka Shun(32)
孤高のハードボイルド作家、樋口毅宏によるLEON初の連載小説『クワトロ・フォルマッジ -四人の殺し屋-』 。エロス&バイオレンス満載の危険な物語の主人公はクセの強い4人の殺し屋たち。第1話のキラーエリート・ヒロシ、第2話の空蝉(こっさん)こと山田正義に次ぐ三人目の殺し屋、Shunが登場。
僕にとって殺しとは? 考えたことないなあ。 本職ほどではないにせよ、やり甲斐はあるし、金払いもいいけど。ま、テキトーにやってきたかな。 いまどきはこの仕事も流行らないから。わかるでしょ? 最近は「社会的抹殺」がブーム。ていうか定着してる。例えばさ、社会的地位のある人が痴漢で逮捕されて大騒ぎになることがあるじゃん。あれなんてみんな冤罪だよ。 被害者を名乗る女性、声の大きな目撃者、突き出す力自慢の三人がいればOK。依頼者は元不倫相手とか、ライバルを蹴落としたい男とか、私怨がほとんどだね。相場はまちまち。罠に嵌めたい相手の年収の三割が妥 当だって聞いている。 殺すのって後味悪いじゃん? でもあれなら頼んだほうも罪悪感を抱かずに済む。 ネットのニュースで拡散されてさ、世間からバッシングされる様子を見る悦びっていうの? 死ぬよりつらい生き地獄を与えられるし、追い記事で何度も楽しめる。ネットいじめもそうだけど、あれは娯楽なんだ。すんげえ現代的だと思う。 だからそうだな、僕にとって殺しとは……うーん、「世界平和」とかどう? 悪い奴を殺す。イライラする人が減る。僕も儲かる。ウィンウィンウィンじゃん!
ストレートをこちら側に転がすには時間がかかる
それより今は本職のことで頭がいっぱい。顔なじみの甘味屋チェーンがスタッフのはんなり和服コーディネートをプレゼンしろって言うからREIくんと必死こいてデザインを描いた。サンプルも作ったさ。おかげで勝ち取った。代理店から僕たちの名前が呼ばれたときは嬉しくて抱きあっちゃった。 だけどムカついたのは帰りのトイレで落選した奴らの陰口が耳に入ってきたときだ。 「やっぱさ、感性が違う奴には敵わないよな」 「だな。俺たちノンケには限界があるわ」 僕が大から出てきたときの奴らの顔。手を洗った後に言ってやった。 「自分に才能がないからって、もうちょっと上手な言い訳を考えるんだな」 トイレを出るとREIくんが待っていた。 「何かありました?」 声が聞こえたのか。REIくんは戸惑った顔を隠せなかった。 「なーんにも」 僕はREIくんの腕を掴んで、祝杯をあげに街へ繰り出した。REIくんと一緒なら疲れない。この一カ月の頑張りが報われた悦び。僕たちは夢を語り合った。 「原宿に僕たちのブランドショップを出そうよ。名前はどうしようか。ふたりの名前を足してShunReiは?」 「いいですね。でも僕は修行が足りないけど」 「何言ってんだよ。ウチの学校でREIくんのセンスは飛び抜けていたよ。だから声をかけたんだからさ」 「Shunさんには感謝しています」 REIくんは頭を下げる。顔を上げて真っ直ぐに僕の目を見つめる。やだ、カワイすぎる。思わずキスしたくなる。でもREIくんとは清い関係だ。ストレートをこちら側に転がすには時間がかかる。朝までふたりで過ごしたかったがタクシーで見送った。