最愛の恋人を飛行機事故で亡くし、重いリウマチに苦しみ、波乱万丈の人生を送った伝説の歌手、エディット・ピアフ。不幸な生い立ちから歌うことでスターに
◆ひりひりするほどに心を揺さぶる エディット・ピアフは、持ち前の才能と「愛される力」によって、社会の最下層からありえない速度で這い上がったのである。「不幸な生い立ち」が、「不可思議なほどの純粋な魂」と共にエディットの肉体の中に同居した。そのことが恐らく、唯一無二の魅力を生み出したのだろう。 多くの幸運が彼女に成功の機会を与え、彼女も多くの男性を愛し、イヴ・モンタン、シャルル・アズナブール、ジョルジュ・ムスタキなどを世に送り出す手伝いをしている。 リウマチを患い、痛み止めの薬物で体をぼろぼろにし、すっかり薄くなった髪や震える手、興奮しやすい精神、丸く固まってしまった背中を引きずるようにして、歌うピアフ。コティヤール演じるピアフの姿はひりひりするほどに私たちの心を揺さぶる。コティヤールの演技をここまで引き出した監督、オリヴィエ・ダアンの手腕も相当なものだ。 さて、ピアフの人生最愛の恋人といえばプロボクサーのマルセル(ジャン=ピエール・マルタンス)だろう。既に既婚者であったマルセルに離婚は望まないと決めて愛する姿は、愚かしくも清らかで、神聖なほどに純粋だ。 飛行機事故でマルセルを失ったと知り、自宅を走り回って彼の名を呼び続けるシーンは何度見ても泣いてしまう。そしてこのシーンに流れるのが、『愛の讃歌』なのである。 「もし空が落ちてきても、大地がひっくり返っても構わない。あなたが愛してくれるなら…あなたが望むなら金髪にも染める、月も掴むわ、盗みもするわ、友達も、国も捨ててみせます」そう歌うフランス語の原詩を、無心で是非一度読んでほしい。
◆私は何にも後悔しない 『愛の讃歌』は、70年たった今も世界中で歌い続けられる曲で、私もよく歌うが、何度繰り返しても全力で歌いたくなる歌だ。人生そのものがドラマのような、エディット・ピアフだから書いて歌うことができた曲なのだろうと思う。そして、この映画を見れば、私が「オリンピックでのセリーヌの歌唱は大抜擢」だと評したことを、理解頂けるのではないか。 ただ、セリーヌはピアフほど破天荒でもなく、品もある。セリーヌはピアフとは違い、まだまだ生きるだろうし、幸福な晩年を迎えることが可能だと感じる。なぜなら同じように病を持ち、愛や歌に真摯であるが、彼女にはピアフにはなかった自制心を感じるからだ。 比べて、自制を知らなかったピアフの晩年は余りにも悲壮で凄絶だ。最晩年、ピアフは体調不良による度重なる公演中止で借金だらけになりながらも、『Non, je ne regrette Rien (水に流して)』という曲に出会って再起を決める。 最期の公演のステージを前に、聖テレーズに祈りを捧げ、十字架のネックレスがなければ歌えないと喚き散らすピアフの姿は悲壮だ。それでも遂に舞台に向かって行くその姿は圧巻であり、いかに年老いた姿であろうと、どんな時代のピアフよりも神々しい。そして映画最後に流れる『水に流して』の歌詞のなんと心に響くこと! 「いいえ、私は何にも後悔しない。人が私にした良いことも悪いことも、みんな私にとって同じこと」とはじまるこの曲は、人生後半を生きる私たち世代の心に突き刺さる。
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