『源氏物語』助けを求める朧月夜を、源氏は部屋へ連れ込んで…<悪事をはたらく若者>を主人公に据えた語り部・紫式部の妙
◆悪徳が美徳に転じる瞬間 こうした悪事をはたらく若者、悪漢といわれる人物を主人公とする物語のジャンルに、ピカレスクノベルがあります。 それらはおもに、下層の悪漢の語りでしたが、ここではむしろ、古代物語の貴族が持つ悪を、ある種の美徳として語ろうとしているようです。悪徳が、美徳に転じる瞬間です。 朧月夜はこのような、あざやかな不良少年と出会ってしまった、良家のお嬢さまという類型を生きることになります。 しかもこのとき朧月夜は、皇太子の後宮に入ることを予定されていました。 ただ、こうも思われます。 親の決めた結婚の道を進まなければならない良家の女子にだって、このように危険な出会いがあってもよいではないかと。 語り手も、そう思っていたのではないでしょうか。
◆朧月夜の扇 夜が明けます。朧月夜は最後まで名を明かしません。 「たとえ、わたしが恋死(こいじ)にしても、あなたは、わたしが誰だかわからないと言って、訪ねてくださらないでしょうね」と、源氏へ歌いかけます。 女房たちが起きだします。二人は別れなければなりません。 源氏は自分の扇と、朧月夜の扇を取り替えます。次に会えたときの、目印にするためでした。 朧月夜の扇には、水に映った月が描かれていました。 ※本稿は、『美しい原文で読む-源氏物語の恋のことば100』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。
松井健児
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