母親はベランダからわが子を突き落とした…「子どもをうまく愛せない親」が子育てに絶望する知られざる理由
■孤立に追い込まれた母親が起こした悲劇 言葉だけではなく、トイレット・トレーニングはもとより、歯磨きや衣服の着脱も時間と手間がかかり、「姉の場合はこれぐらいの年齢のときにはここまでできていたのに……」と発達の遅れが母親としては気になって仕方なかった。 年齢が大きくなるほどに他の同年齢の子どもとの成長の開きを感じ取り、さまざまな発達支援センターや教育相談機関に行き、発達検査なども受けさせた。しかし、まだ子どもの年齢も幼かったこともあり、どこに行っても発達障害とまでの確定診断はされず、「しばらく様子を見ましょう」と言われるだけだった。 家庭においても、毎日子どもの様子を父親に報告するも、父親は「そんなに気にする必要はない」「思い込みすぎ」とさほど母親の話を熱心に聞いてくれるわけではなかったので、ますます母親は家の中でも孤立していった。 母親の育児ストレスが限界に達し、最終的にはベランダからわが子を突き落とすという虐待行為に及んでしまったのである。 この母親は決してわが子に対して憎くて虐待したわけではない。逆に、わが子のことが心配でたまらず、発達が停滞していることや将来のことを悲観的に考え、このままではわが子がかわいそうでならないと思い込んで殺害に至ったのであった。 そこに、家族の支えや周囲のフォロー、専門機関の支援がもう少しあればこのような事態にならずに済んだかもしれないと残念でならない。 ---------- 橋本 和明(はしもと・かずあき) 国際医療福祉大学教授 1959年、大阪府生まれ。名古屋大学教育学部卒。武庫川女子大学大学院臨床教育研究科修士課程修了。専門は非行臨床や犯罪心理学、児童虐待。大学を卒業後、家庭裁判所調査官として勤務。花園大学社会福祉学部教授を経て現職。児童虐待に関する事件の犯罪心理鑑定や児童相談所のスーパーバイザーを行う。現在、内閣府こども家庭庁審議会児童虐待防止対策部会委員。公認心理師試験研修センター実務基礎研修検討委員。日本子ども虐待防止学会理事。日本犯罪心理学会常任理事。主な著書に、『虐待と非行臨床』(単著、創元社)、『非行臨床の技術-実践としての面接、ケース理解、報告』(単著、金剛出版)、『子育て支援ガイドブック-「逆境を乗り越える」子育て技術』(編著、金剛出版)、『犯罪心理鑑定の技術』(編著、金剛出版)、『子どもをうまく愛せない親たち 発達障害のある親の子育て支援の現場から』(朝日新書)などがある。 ----------
国際医療福祉大学教授 橋本 和明