「先の見えない恐怖を味わった」──濃厚接触を避けられない訪問介護の現場から【#コロナとどう暮らす】
新型コロナウイルスは、介護の現場に強い緊張をもたらした。現在も、第2波・第3波にそなえて警戒が続く。「新しい生活様式」が求められるが、介護福祉に接触は避けられない。さまざまな不安の声に、研究者で介助者としても働く松波めぐみさんに答えてもらった。(長瀬千雅/Yahoo!ニュース 特集編集部)
介護従事者の「二つの恐怖」
松波さんは、9年前から、京都府にある障害福祉事業所に介助者として登録している。本業は、障害学と人権教育を専門とする研究者だ。複数の大学で非常勤講師として教えている。 介助に行く先は、病院や施設を出て、地域で自立して生活する障害者の自宅だ。介助に入る頻度は、少ないときで月1回、多いときで月に10回以上。毎月末に翌月のシフトが決まる。常勤ヘルパーの代打で出向くこともある。 松波さんは、イタリアや米ニューヨークで死者・感染者数が急増し、「東京もいずれそうなる」と言われていた3月から4月にかけて、「先の見えない恐怖を味わった」と言う。 ──「先の見えない恐怖」とは、どのような恐怖でしたか。 感染症そのものに対する恐怖に加えて、ヘルパー制度を利用して地域で暮らす障害者の周辺で万が一陽性者が出たら……と想像すると、ひゅっと背筋が凍るような思いがしました。感染者へのバッシングや誹謗中傷が問題になっていたからです。 基本的な生活場面で介助が必要な障害者の自宅には、日によって違うヘルパーが、入れ替わり立ち替わり訪問します。「だからクラスターになったんだ」などと噂が立ったりしたら、仮に病気から回復したとしても、そのあと地域で生活しにくくなるんじゃないか。それは、現実に考えられる恐怖だったんです。 幸いにしていまのところ、障害者の個人宅でクラスターが発生した例は、私の知る限りありません。ですが、いまも多くのヘルパーが、緊張感を持って介助に行っていると思います。 やはり怖いのは、自分が相手に移してしまうことです。症状がないだけで実は感染していて、気付かないうちに誰かに移すことがあると知ったときに、自分の中で新型コロナウイルスに対するフェーズが変わりました。 ──実際に、介護職の方の多くが「自分が移してしまったら」という恐怖を感じています。松波さんはどんなことに気を付けていますか。 まめに手を洗うなどの基本的なことはもちろんですが、電車やバスなどの公共交通機関を使うのを避けるとか、バスに乗らなきゃいけないときはつり革に触らないようにするとか。ふだんは、カフェで本を読んだり、町歩きをしたりするのが大好きなので、ずっと自宅にいるのはかなり苦痛でした。介助の予定がなかったら、もう少しゆるい生活をしていたと思います。 私が戒めにしている言葉があります。ある難病の友人がいて、彼女は感染した場合のリスクが非常に高いんです。3月のはじめだったか、電話で話したときに、こんなことを聞きました。「主治医から『もしコロナにかかって重症化した場合でも、体のかたちからして、あなたはECMOが使えません』と言われた」と。彼女にとってコロナは、命に関わる問題なんだと痛感しました。 そのころはまだ、一般にはそれほど緊張感が高くなくて、ヘルパーさんの中には悪気なく、どこどこへ遊びに行ったとか、カラオケに行ったとかいうおしゃべりをする人がいたそうです。「それを注意していいのか、すごく迷った。でも、命に関わることだから、思い切って自分の気持ちを話した」と言っていました。 自立生活をする障害者は、ヘルパーという他人を家に入れざるを得ません。そういう生活自体がリスクになり得るし、すごく不安だろう。そう考えたし、介助者としての自分の行動を変えるきっかけになりました。 ──一方で、自分が感染する恐れもありますよね。そういった不安やリスクについてはどう考えましたか。 私は、リスクがあっても、介助はやって当たり前だという思いがゆるぎなくありました。障害のある人を、基本的な人間としてのニーズが満たされない状況におくことはできないですから。といっても勢い込んでいるわけではなく、介助に出かけるときはむしろ、できるだけあっさりしていようと思っています。手を洗います、マスクをします、みたいな。淡々としていたいんです。 コロナに対してどれほど怖がるか、どこまで対策するかは、人によってさまざまです。ものすごく怖いから外出しない人もいれば、比較的おおらかに構えている人もいます。障害者もヘルパーも本当にさまざまだと感じました。そんな中で、疲弊している人はたくさんいると思います。特に、小さな子や高齢者と同居しているヘルパーさんなんかは、介助の仕事を続けていいのか、悩んだ人もいるのではないでしょうか。