都市部でも深刻化する水害 法改正でリスク説明も、変わらない不動産価格
水害リスクのないところへ引っ越し
10月の日曜、多摩川につながる平瀬川の土手を歩いていた男性(42)に声をかけた。久地地区の住民だった彼は、こちらの問いにまもなくこの土地を離れる予定だと話した。 「もう引っ越します。新型コロナの影響で自宅勤務が多くなったので、より広い部屋に住みたいと思ったからです」 男性は中国出身で20年ほど前に来日し、久地地区には10年ほど住んできた。マンションの上階に住んでおり、台風19号の時にも直接的な被害はなかったという。それでも近隣一帯が水に浸かった光景は目にした。台風などの自然災害のニュースはよく見ていたが、そんなリスクがすぐそばで起きるとは思わず、ショックだったと振り返った。そして昨年来、妻とともに別の土地に新居を探し始めた。
「引っ越し先の条件としては、水害リスクがないことを一番重視しました。事前にハザードマップを調べ、自分たちの勤務場所との関係を考えた結果、この秋、東京都町田市内の一戸建てを購入しました。不動産会社にも安全を確認しました。完成は来年春の予定です。やっぱり命が守れなければ何もできないですからね」 男性はそう話した後、高津区という名称にも触れた。 「漢字の『津』は海の意味です。それが『高い』区というのが高津区の名称なんですよ。で、昔からある地名。ということは、昔から洪水などがあった地域なんじゃないかと思うんです。あまり地名までみんな意識していないかもしれませんが」
洪水や地震などの自然災害の研究をしている立命館大学の高橋学特任教授は、「災害リスクの高い場所は昔からそんなに変わっていない。地元の人は危険性を認識していたが、人口が急増した1970年代後半くらいから危険なところにも家が建つようになった」とした上で、こう警鐘を鳴らす。 「政府が公表しているハザードマップは、専門家から見ればかなり緩い基準です。逆に言えば、そのハザードマップで危険とされているところは本当に危ない地域とも言えます。水害の多い地区と地震の多い地区は重なっていることが多く、ハザードマップで指定されている地域に住むことは自ら命を危険にさらすことになりかねません。もし本当に災害リスクの低い場所に住みたいならば、ハザードマップだけでなく、その土地の由来や経緯を調べるべきです」 かつて人が住んでこなかった場所にはリスクが埋もれていることがある。「安全な場所に住む」ことの重要度が問われはじめている。
--- 小川匡則(おがわ・まさのり) ジャーナリスト。1984年、東京都生まれ。講談社「週刊現代」記者。北海道大学農学部卒、同大学院農学院修了。政治、経済、社会問題などを中心に取材している。https://ogawa-masanori.com