休日の寝だめは逆効果!「社会的時差ボケ」が不調を招く 今日から睡眠の質を上げるためにできること
コロナ禍以降、多くの企業がテレワークを導入したことで、仕事と生活の境目が曖昧になり、生活や睡眠のリズムが乱れている人が増えているようです。また、日本人の睡眠時間は世界的にも短いと言われます。睡眠時間の不足は、労働者にとって業務の停滞や生産性の低下、メンタルヘルス不調などを引き起こすと考えられます。企業にとって、従業員が適切な睡眠をとることは重要な課題の一つといえますが、従業員個人の自己管理に任せるのではなく、企業としてサポートすることが重要です。国際医療福祉大学 大学院 医療福祉マネジメント学部長である中田光紀さんに、睡眠不足や睡眠リズムの乱れが仕事にどのような影響を及ぼすのか、どう解消したらいいか、また、従業員の睡眠をサポートするために人事部門は何をすべきかをうかがいました。
平日と休日の睡眠時間帯のズレが、睡眠の質を低下させる
――日本人は睡眠時間が短く、コロナ禍以降は睡眠リズムの乱れが問題になっていると聞きます。日本人の睡眠は現在どのような状況にあるのでしょうか。 日本人の睡眠時間は、世界的に見てもかなり短い傾向にあります。以下の調査によると、日本人の平均睡眠時間は7時間22分で、調査対象となった先進国の中でもっとも短い。幸福度が高いと言われているフィンランドは8時間28分なので、1時間以上の開きがあります。 睡眠時間の推移に関する2022年のデータによれば、就労している男女共に睡眠時間は長くなっています。コロナ禍でリモートワークが進んだことにより、通勤時間が減少して在宅勤務の時間が増えたことが影響していると考えられます。 ただし、気になるのは平日と休日の睡眠時間のギャップです。以前から差があったのですが、さらに開いてしまい、睡眠リズムの乱れが進んでいます。リモートワークによって、仕事と自身の生活を切り離しにくくなり、結果として労働時間が長くなっていることが影響していると考えられます。 また、この図を見ると歴史的にも女性の方が男性より平均睡眠時間が短い状態が続いていることが分かります。その理由として考えられるのは、女性のほうが家事や育児、介護などに時間をとられている可能性があること。働く女性の負担が多いことがうかがえます。実は世界的に見ても、男性の方が長く寝ているのは日本と韓国だけです。 ――日本人は睡眠時間が短いのはなぜでしょうか。また、睡眠不足は心身にどのような影響を与えるのでしょうか。 日本人は仕事の時間が長いことに加えて、家事や育児、テレビを観る時間、趣味に費やすために睡眠時間を削っているのだと思います。コロナ禍では先進諸国(フランス、オーストラリア、イギリス、ドイツなど)の睡眠時間は平均が10~20分長くなりましたが、日本は8分程度の伸びに留まりました。 例えば、1日のうち労働時間を8時間と仮定すると、生活に必要な食事や休憩、移動などの時間を除いて残るのは10時間ほどです。この10時間には睡眠時間が含まれるので、残業時間が長くなるほど、睡眠時間は削られます。 例えば、残業時間が1日2時間なら睡眠時間はおよそ8時間ですが、1日3時間になると睡眠時間はおよそ7時間となります。就労している人の平均睡眠時間はこのくらいです。 さらに、1日に4時間残業すると月に80時間の残業となり、睡眠時間は6時間ほどとなります。これは過労死予備軍といわれる状態です。過労死発生ラインは、残業時間が1日5時間で月100時間を超えるほどの状態を指します。ここまで残業時間が多いと、平均睡眠時間は5時間を切ります。 また、コロナ禍における睡眠時間の変化と心理的苦痛を調べた調査では、労働時間が長いことよりも睡眠時間が短い方がより心理的苦痛が強いという結果が出ました。 以下の図はその結果を表したものです。労働時間と睡眠時間に変化がなかった人を基準(1.00)とすると、労働時間が増加して睡眠時間も増加した人は1.21倍、統計学的に有意に上昇しました。労働時間が増加して睡眠時間の変化がなかった人は1.24倍。そして、労働時間が増加して睡眠時間が減少した人は1.98倍という高い数字となりました。労働時間にかかわらず、睡眠時間が減少した人の心理的苦痛が特に高くなっていることがわかります。 また、日本人の傾向としてよく見られるのは、平日と休日の睡眠時間のズレ、つまり「社会的時差ぼけ」です。 ――「社会的時差ぼけ」とはどのような状態なのでしょうか。また、それによってどのような影響があるのでしょうか。 海外旅行で時差のある国に行ったときに睡眠のリズムが崩れてしまい、時差ぼけになった経験がある方は多いでしょう。海外旅行の時差ボケは、現地の時間に適応すれば解消されます。一方、社会的時差ぼけとは、社会生活をする中で時差ぼけが毎週起きている状態のことをいいます。 日々のわずかな睡眠不足が重なっていくことを「睡眠負債」といいますが、睡眠負債になると、休日に多く寝る「寝だめ」によって解消しようとします。すると、平日と休日とで睡眠時間に差が出るほか、睡眠の時間帯にずれが生じるため、時差ぼけのような状態になるのです。 例えば、毎週のように3時間の時差ぼけが起きていた場合、一過性の不調では済まなくなり、睡眠の質の低下や日中の強い眠気など、睡眠障害の症状が見られることもあります。疲労が蓄積するとメタボリックシンドロームや食欲不振などにつながる恐れもあるので、注意が必要です。 また、睡眠負債を解消するにはかなりの日数がかかります。睡眠負債を解消するのにどのくらいかかるのかを測る実験が報告されています。その実験では被検者に対して「寝られるだけ寝ていいよ」と言うと、それまでの睡眠負債によって、誰もが最初は平均14時間ほど眠りました。しかし、毎日たくさん眠れる状態が続くと、睡眠負債が徐々に解消されていきます。ある時期に到達すると睡眠負債が完全に解消されて、それ以上は眠れなくなるような睡眠時間に達します。睡眠負債を完全に返済するまでに、実に3週間を要したのです。ちりも積もれば山となるというように、毎日の小さな睡眠負債を返済するためにはそれなりの時間を要するのです。 つぎに、社会的時差ぼけですが、自身にどのくらいの社会的時差ぼけが起きているのかを知るには、平日と休日の睡眠時間帯の中央値を比較して、その差を確認します。以下の例は、3時間の社会的時差ぼけが発生している状態です。 社会的時差ぼけによって、特に問題になるのはメンタルヘルスへの悪影響です。その一つが「希死念慮」。「死んだら楽になるだろう」と真剣に考えてしまうような、精神的に追い詰められた状態です。以下の調査結果によれば、社会的時差ぼけが3時間以上になると希死念慮が高まります。 時差が3時間以上になると、40歳以上ではむしろ希死念慮が減っているのは、この世代の人たちには社会的時差ぼけがある状態で長年仕事をしてきたタフな人たちが多いからだと考えられます。一方、40歳未満の人たちは、社会的時差ぼけによる健康被害を受けている傾向が強いと言えます。 会社組織に置き換えてみると、同じように社会的時差ぼけを抱えている場合、40~60代の社員は健康への影響がそれほど大きくない一方、肉体的に若い40歳未満の社員のほうが健康に関して課題を抱えている可能性が高い。朝寝坊が多かったり、うつの傾向があったりする若手社員は、社会的時差ぼけによって睡眠リズムが乱れているのかもしれません。そういった認識を上司や人事がもつことも大事です。 その他のメンタルヘルスへの影響としては、仕事への意欲や達成感が低下することが考えられます。社会的時差ぼけが1時間未満の人を1とした場合、その時間が長くなるほど「今の仕事に達成感を感じない」と答える人が増えています。 また、世界的に見て一番自殺率が高いのは月曜日です。月曜日は休日から平日への切り替えの日でもあり、社会的時差ぼけを引きずった状態で仕事が始まることも影響しているのではないかと考えています。