熊本地震、北海道地震、能登半島地震…なぜ発生確率の低い地域ばかりで大地震が起こるのか?【科学ジャーナリスト賞・菊池寛賞・新潮ドキュメント賞 トリプル受賞で注目の新聞記者が語る】
「30年確率」は無理がある
――なぜこれほどまで予測が外れるのでしょう。 それは、数十年から数百年ごとに起きるとされる海溝型地震と、数千年、数万年単位で起きる内陸の活断層型地震を30年という短い期間に当てはめて予測しているからです。 数千年スパンで起こる地震を、30年というものすごく短い期間に圧縮して確率を出すことに無理がある。ではなぜ30年なのか。これも科学ではなく、防災の観点から決まったことです。 どういうことかというと、30年というのは、人が人生設計をするときにちょうどいい長さだからです。地震学的な意味はありません。住宅ローンも約30年、一世代も約30年。防災に携わる人たちからの強い要請で、30年くらいにしておかないと危機意識を持ちにくいということで決まったのです。 ――ここでも科学と防災の対立構造がありますね。 そうです。南海トラフ地震だけ、他の地域では用いられていない予測モデルによって確率が導き出されています。南海トラフでも他の地域と同様のモデルで計算すれば――多くの地震学者が現在の科学ではそれが一番妥当だと考えているのですが――70~80%ではなく、20%まで下がってしまうのです。 ではなぜ20%よりも70~80%という数字が出回っているのか。それは科学よりも防災が優先されたからです。確率を低くすると防災意識が低下する、さらには莫大な防災予算が削られるなどの懸念が、防災関係者の間に強くにありました。
誰も「一次情報」に当たっていない
南海トラフだけに適用されている予測モデルは、「時間予測モデル」と呼ばれるもので、これは1980年に島崎邦彦東京大学名誉教授(当時は助手)が論文で発表したものです。確かにこのモデルを適用すると、過去に起きた地震の発生時期をうまく説明することができた。 しかし、この「時間予測モデル」は高知県の室津港の水深データなどを根拠につくられているのですが、室津港の水深データは1930年に旧東京帝国大学の今村明恒教授が発表した論文に掲載されたものを引用していて、その出典をさかのぼってみると、江戸時代に書かれた古文書に行き当たります。 さらに取材を進めると、その古文書のデータは、また別の人物が記した「手鏡」と題された史料を引き写したもので、この手鏡に書かれたデータも、また別の文書の写しであることがわかりました。 ただ、その元となった文書までは見つけることができませんでした。このあたりのことは、『南海トラフ地震の真実』に詳しく書いています。 つまり、島崎教授が「時間予測モデル」の根拠としたデータには、原典(今村論文)の原典(江戸時代の古文書)の原典(手鏡)のさらにまた原典が存在し、大元の原典までは誰もたどれていないのです。転記に次ぐ転記で、写し間違いも散見され、これでは信頼に足るデータとは言えません。 それに江戸時代のことですから、測量の精度にも限界があったことでしょう。これに加えて、海外でも「時間予測モデル」に否定的な論文が複数出されています。 このように、非常にあやふやなデータをもとに「時間予測モデル」がつくられており、それが南海トラフ地震の地震発生確率70~80%の根拠となっているのです。