熊本地震、北海道地震、能登半島地震…なぜ発生確率の低い地域ばかりで大地震が起こるのか?【科学ジャーナリスト賞・菊池寛賞・新潮ドキュメント賞 トリプル受賞で注目の新聞記者が語る】
確率信仰の罠
問題は、やみくもな確率信仰にあると考えています。防災関係者は、高確率(70~80%)でなくなると、国民の防災意識が低下したり、予算が削られると考え、低確率(20%)の公表を渋りました。 図2を見てください。日本の面積は世界の面積の0.25%しかないにもかかわらず、世界で起きたM6以上の地震の20%は日本の周辺で起きています。マークされた部分を見ると日本は覆いつくされていますよね。 だから日本地図だけを見て、その中で発生確率が高い、低いと論じることは、テストの点数が10点なのか20点なのかを争うようなものです。 いずれも赤点です。意味がないどころか害ですらあります。日本のどこにいても大地震に遭う可能性があると思って行動したほうがいい。 現在の科学で30年発生確率を出すことは限界があり、社会的にも弊害が大きいと考える地震学者は多く存在します。確率を出すとしても、それはどのような科学的根拠に基づいて計算されたものなのか、前提となる仮説に誤りはないのかなど、政府や専門家の発表を鵜吞みにせず、きちんと検証することが欠かせないと考えています。 ――「時間予測モデル」を南海トラフ地震の発生確率の算出根拠にすることは、以前から多くの地震学者が異議を唱えていたそうですね。 はい。たとえば、先ほどご紹介した鷺谷教授は、さまざまなメディアの記者にたびたび訴えていたそうです。しかし報道されることはなかった。報道することにリスクがあると考えたからでしょう。 東京・中日新聞でも、この事実を報道することについて、かなり議論が紛糾しました。確率が低かったとしても、もしも地震が起きれば、甚大な被害が想定されることから、この報道によって命を落とす人がいるのではないか、かえって悪影響を与えるのではないか、と。 しかし、これまで報道されなかったことで実際に起きたことは、能登半島地震でもわかるように、低確率地域での深刻な被害です。 南海トラフ地震の危険性だけをことさら大きく取り上げることで、他の地域に油断が生まれた。 私が言いたいのは、南海トラフ地震が過大評価されているということではなく、それ以外の地域もきちんと対策をしないといけないということです。 ――受賞された新潮ドキュメント賞の選評では、「地震の発生確率が、これほどまでに危ういデータに基づいていたことを告発する内容は圧倒的」(池上彰氏)、菊池寛賞の選評では、「一人でひたすら問題を追いかけた。専門家という言葉、政府の発表に、私たちが惑わされやすいことに大いなる警鐘を鳴らしている」(阿川佐和子氏)など、丹念な調査報道が評価されました。 そのようにおっしゃって頂けるのはありがたいことですが、本来これは記者として基本的な仕事だと思います。むしろそうした当たり前のことが報道できなくなっているメディアの現状に危機感を覚えます。 それに、これは私一人で真実を突き止めたというわけではなく、多くの地震学者が問題だと訴えてきたことです。私は追加で取材や調査をしたにせよ、その声を拾い上げたに過ぎません。 今回の一連の報道で、たくさんの読者の方々から応援のメッセージを頂きました。やっぱり皆さんこうした報道を求めてくださっているんだなと嬉しくなりましたね。 報道には自由度が必要で、その意味で東京新聞は、いろいろ議論しながらも自由に書かせてくれる風土があります。