3000万円の賭け!? パガーニを生んだ英断|創業者オラチオ・パガーニ氏 独占インタビュー
2024年12月初旬、来日していたパガーニ・アウトモビリの創業者、オラチオ・パガーニ氏をインタビューする機会を得た。“何を聞いても良い”とのことだったので、筆者が常日頃、疑問に思っていることを投げかけてみることにした。 【画像】オラチオ・パガーニ氏へ独占インタビュー。パガーニの技術力を改めて問う(写真24点) パガーニ氏にはランボルギーニ在籍時にオートクレーブ(圧力容器)を自己資金で購入した、という逸話が残っている。オートクレーブは炭素繊維強化プラスチック(CFRP)成型用の設備で、いわゆる“ドライカーボン”を作るためのもの。 「ランボルギーニ社のクライスラー(当時の親会社)に求められていたのは、カウンタックの生産台数引き上げでした。1日1台だったものを、1日4台まで引き上げろ、という指示でした。当時、カウンタックのボディパネルは熟練工による板金で仕上げられていて、若者もなかなか育たないという状況において、カーボンファイバーの採用は理に適っていると思ったんです」とパガーニ氏。つまり、板金よりも効率的で、軽量化も図れて、当時は宇宙航空技術とF1でくらいしか採用されていなかったという“特別感”に着目したのだ。 パガーニ氏は上司にオートクレーブの導入を掛け合ってみるも、けんもほろろ。そこで諦めなかったのは、パガーニ氏の先見の明である。なんと自腹でオートクレーブを購入してしまうのだ。そして、どのインタビューでも明らかになっていない具体的な金額について質問してみた。我ながら下世話だとは思ったのだが… 「自己資金と銀行融資で1989年に購入したオートクレーブは、3,750万リラでした。今の価値で言うと20万ユーロ(約3,000万円)ほどでしょうか。当時、ランボルギーニ社に勤務するサラリーマンにとっては、莫大なお金でした。でも若いうちにリスクを取らないと成功はない、と思ったのです」。この英断が後のパガーニ・アウトモビリの礎になったのだ。このようなサラリーマンの話は、今までに聞いたことがない。 「当時、生産責任者にオートクレーブの購入を告げると間髪入れずに“クレイジーだ”と言われましたけど、“緊密にやっていこう”とも言われました」 やがてランボルギーニ社を去ったパガーニ氏は「モデナ・デザイン」という会社を設立して古巣と付き合いながら、ほかのメーカーとも付き合いを増やしていった。オートクレーブを用いたカーボンファイバー製品の納入だけでなく、レジンやファイバーの研究開発も並行して行う必要があり大変だった、と振り返っていた。 現在のモデナ・デザインはCNCマシニングに特化した会社で、パガーニ・アウトモビリだけが顧客である。 「パガーニ・ウトピアには約800のマシニング加工された部品を採用しています。例えばステアリングホイールは42kgのアルミの塊から1.5kgまで削っています。削る素材はアルミだけでなくチタンもあって、実は新しいマシニング機器を導入したばかりです」とパガーニ氏。自動車部品製造で培った品質基準と精密加工技術を活かして、バイオメディカル分野(人工関節や先進義肢)への展開を進めているのだという。 そんなパガーニ氏に、これから注目すべき素材について聞いてみた。 「カーボンファイバーは皆さんが思っているよりも奥が深いのです。カーボンファイバーを用いたコンポジット・マテリアルは実に40以上、開発しています。例えば2019年に投入したウアイラBCロードスターは、それまでのモデルと比較するとボディの捻じれ剛性が35%~40%も高められたんです。レイアウト、ジオメトリー、使い方で様々な特性を引き出すことができるんです」 新技術への姿勢も興味深い。3Dプリンティングについて、パガーニ氏は慎重な態度を示す。 「プロトタイプやモックアップを作るときに、3Dプリンティングは時間の短縮化を図れるのでしょうね。ただ、現段階において量産車に3Dプリンティングを用いる理由が見当たりません。もちろん、将来的に3Dプリンティングを用いない、というわけでもありませんけど」とのこと。 将来の展望について、パガーニはAMGとの30年に及ぶパートナーシップを2030年以降も継続する意向を示す。電動化については実は7年前からチームを立ち上げ、研究開発を進めているものの“現時点では顧客からの需要が見られない”と現状を説明する。 「実は過去のインタビューにおいて、どういうわけだか翻訳ミスで“電動化しない”という記事が出たんです。それを見たお客様からは賞賛の電話をたくさん頂戴する、という笑い話があるんですよ、電動化推進チームを発足させていたのに」 パガーニ・アウトモビリが電動化に取り組むか否かは市場の需要次第で、いち早くBEVハイパーカーを投入しているパイオニアたちにはエールも送っていた。 ーーー インタビュー終了後、なんと日本納車第1号車のウトピアに乗せてもらった。運転席ではなく、助手席だが…、パガーニ氏による運転だった。サンバイザーのエアバッグ警告ステッカーを指差しながら、パガーニ氏が少し皮肉めいた笑みを浮かべた。「このステッカー、汚らしいですよね… でも、法律で定められているから仕方がないんです。お客様が剥がせばいいんです」 安全性に関する話題が出たところで、「実はハイパーカーとしては初めて、ニーエアバッグを導入しました」と誇らしげに語る。さらに「エアコンは自社開発なんですよ」と付け加えた。そういえば、ランボルギーニも昔、エアコンを作っていたような… 競合車について質問すると、パガーニ氏の回答は興味深いものだった。「ほかの車は見ますよ、車好きとしては」と前置きしつつ、「気に入ったら買うこともあります。パガーニが売れればの話ですが」と冗談めかして答える。しかし、その後の言葉には彼の哲学が色濃く表れていた。 「でも、真剣にライバル車を分解したり、分析したりすることはありません。ハイパーカーはユニークでなければならない。魂に訴えかけるもの、それは数値化できないんです」 余談だが、運転中にレクサスLCのコンバーチブルを見かけたパガーニ氏、たいそう感心していた。 文:古賀貴司(自動車王国) 写真:パガーニ、古賀貴司(自動車王国) Words: Takashi KOGA (carkingdom) Photography: Pagani, Takashi KOGA (carkingdom)
古賀貴司 (自動車王国)