“評価”ではなく“期待”をする 目標管理をしないクラシコムの「キャリブレーション」
目標を管理せずとも、モチベーションは自然と湧く
――会議の2日目は、何をテーマに議論するのでしょうか。 筒井:次の半期における従業員全員分のロールについて議論していきます。あらかじめマネジャーたちは、この半年間の各従業員の貢献を、パフォーマンスとコストの観点で振り返っています。ここで言うコストとは、「教える・心配する・かわりに決める必要がある」というマネジメント上のコミュニケーション負荷のことです。これらも踏まえ、従業員一人ひとりがどのロールに最もフィットするのかを、会議で話し合います。 金:一般的な人事考課との違いは、定量的な業績評価をしない点だと思います。マネジャーは、前期にすり合わせた期待に対してどのような貢献だったのかを定性的に振り返ります。そして直属のマネジャーだけでなく、経営や人事、他のチームのマネジャーも交えて合議して、一人ひとりのロールを決定します。 筒井:目標管理制度ではないので、個々に目標を立てたり到達度を測ったりすることはありません。またロールは相対ではなく、絶対で決めます。そのため相対的な人事評価にありがちな、「S評価は○人で、A評価は×人」とか、「XさんをAにしたから、YさんはBで」というような話にはなりません。 金:ロールが上がり続けることを推奨はしておらず、「フィットしているか」に最も重点をおいています。そのため、スモールチェンジを検討する場合もあります。それだけに、議論は真剣です。マネジャーの起案に対し、ほかの参加者も率直にロールチェンジに対して自らの意見を伝えます。そうした忌憚(きたん)のないやり取りを行える信頼関係づくりが、非常に大切です。 そして後日、各従業員に対して「フィードバック1on1」の場で、マネジメントチームの総意として、ロールと具体的に期待する内容を伝えます。 ――目標管理や業績を加味しない制度とは斬新ですね。 金:各チームとも、指標としている成果は存在します。サイトのコンバージョン率をどのくらい上げたい、投入した新商品は初月でこれだけ売りたい、人事ならカルチャーフィットする人材をこのポジションで○人採用したいといった具合です。 しかし、成果はいろいろな要因に左右されるものであり、結果自体をコントロールするのは不自然だと私たちは捉えています。ただ、成果に繋がりやすい取り組み方や工夫はあると思っていて、コントロールできる領域については、とても貪欲です。 筒井:従業員全員が数字に興味がないわけでなく、むしろ最後まで粘る傾向にあります。たとえば月次の売り上げ予測と実数にギャップがあれば、新たなコンテンツを作って集客を図ります。市場の動きを見つつ、チーム間で連携しながらお客さまへ良いものを届けることに力を尽くしています。 これまでの経験から、数字で見える成果はお客さまへどう届いたかを表しているものでもあると従業員が皆実感をしているので、短期的な業績を個人にひもづけなくても、自然と社員がやるべきことに注力できる環境ができているのではないかと考えています。 ――目標管理制度になじんだキャリア入社の方にも、すぐに受け入れられるものなのでしょうか。 金:オンボーディング期間を終えて、キャリブレーションの対象になったときに「評価のために頑張るのではなく、お客さまと仲間のために頑張ってほしい」と必ず説明しています。大切な人たちに向けて注力していたら、おのずとよい仕事、よいパフォーマンスにつながっていくという発想です。 仮に、目標管理制度を取り入れて定量評価を重視すると、数字の達成のみが目的になるリスクが発生します。たとえば、コロナ禍のように急激な社会環境の変化が起こったときに、目標を意識するあまり柔軟にアジャストできなければ、成果に繋がるチャンスやリスクに気づきにくくなるかもしれません。 また、私たちの仕事は、チームを越えて助け合う場面に多く直面します。自身やチームの目標を達成することに縛られて、仲間のSOSに手を差し伸べないのは本末転倒です。常に全社最適の視点で行動できることが、今のクラシコムでは求められます。 ――成果のために働くのではなく貢献の末に成果を得る、という発想なのですね。 筒井:自分の役割と居場所があり、お客さまに価値を提供していて、それが自身の働く意義と重なっていれば、自然とやるべきことがわかってくるし、やりたい気持ちが湧いてくるのではないかと思います。 金:自分は何を期待されていて何をすればいいのかを、個人が組織としっかりと握り合えていたら、安心してその役割を担えるとクラシコムでは考えています。最後は従業員と経営が、互いに信じ合えるかどうかにかかってくる。それにはクラシコムが目指すことへの共感と、カルチャーマッチが強く関わるので、実は採用がカギになると考えています。 ありがたいことに、クラシコムでは一度の採用活動で100倍を超えるエントリーが集まるのですが、時間をかけて対話を重ね、理念やサービス、仕事に対する考え方などを十分に理解した方たちに入社してもらっています。そのため入社当初はキャリブレーションに戸惑うことがあっても、自然と適応できるのだと思います。