天へ上るはしごの意味は?―テリー・アン・ホワイト『[ヴィジュアル版]テーマとキャラクターで見る世界の神話 上』
現代の文学作品や映画、アニメ、ゲームには、神話や伝説の構造によく似たものや、神話に由来するモチーフやキャラクター、アイテムなどの要素が数多くあります。世界創造、神々への崇拝、欲望、恐怖、恋愛、生きる意味など、神話に共通する身近で普遍的な題材を多数の図版とともに読みとく書籍『[ヴィジュアル版]テーマとキャラクターで見る世界の神話』から「はじめに」を特別公開します。 ◆再創造され続ける神話の力 神話の物語やドラマには人の心を揺さぶる力がある。風変わりで途方もない神話の世界には誰しもとりこになるだろう。その世界は私たちが住む時代のそれとはまったく違っているけれども、よく見れば数多くの共通点が見られる。私たちが数千年かけて蓄積した知識や経験によって近代社会は洗練されたとはいえ、地形、地質、異常気象、そして愛情豊かな家庭の中にさえ起こりうる殺人の衝動は、今も昔もほとんど変わらない。 今日も語り継がれ、信じられている最古の神話のいくつかは、オーストラリアの最初の住民によって創造された。GPSナビゲーションシステムが開発される6万年も前に、アボリジニの諸部族は彼らの広大な大陸の地図を作り、そこに深遠な象徴的秩序を付与した。その秩序が実用的な助言──たとえば荒々しい不毛の大地で生き延びるために食糧と水を手に入れる方法──と、生殖から社会的責任の共有まで、あらゆる行為を律する体系的な道徳と倫理規範の両方を定めた。これらの信仰と道徳規範は、何千年も前に洞窟の壁や岩の表面に表された絵画や彫刻に今も明白に残されている。 他の民族や古代文化の神話について書かれたものを読むとき、私たちはいったん猜疑心をわきに置いて、想像の中で異なる世界に身を置いてみる必要がある。それは人間が昔から得意にしてきたことだ。神話の中で、神々、人間、動物の世界は分かちがたく絡みあっている。海や山にさえ、独自に考え、行動する能力があり、そのほかの生命力──今日では必ずしも認められていない──もまた、それぞれの役割を持っている。近代の合理主義精神には、この幻想のような世界はとうてい受け入れがたいとしても、よく見れば、これらの物語には真実が含まれている。人間は幼少期から人生の黄昏まで、作り話に大きな喜びと安心を見出してきた。現実の世界が危険に満ちているときは特に、作り話はある意味で現実逃避になりうるし、そもそも神話が創造されたのは間違いなくそのためだった。命を脅かす大地、海、空の恐ろしい力を理解するうえで、神話は私たちの祖先に安らぎと信頼を与えた。 数多くの世界の神話は今では純粋にフィクションとして読まれ、もっぱらその詩的な美しさのゆえに愛されているが、神話の物語からは心理学や人類の生存に関するたくさんの知恵が得られる。たとえば神々の闘争や競争は多くの神話の中心的なテーマで、人生について大切な教訓を人々に教えている。 神話は私たちを古代から続く人類の血筋に直接結びつけ、時計に縛られる現代の生活の枠組みから解放して、時間が柔軟に動く物語の世界へいざなう。物語を通じて、私たちは世界に関する概念が──そして私たち自身もまた──どれほど大きく変化したかを目の当たりにする。 [書き手]テリー・アン・ホワイト(コンサルタント、ジャーナリスト) 西オーストラリア大学英語学部で1996年から教授を務め、1999年に同大学で高等研究所設立に携わる。作家としても高い評価を受け、フィクションと学術書の両方を出版している。常に表現活動に関心を持ち、他の思想家やアーティスト、特に視覚芸術と舞台芸術のアーティストとの共同作業に力を入れている。現在はオーストラリアのパースにある西オーストラリア大学出版部の部長を務めている。 [書籍情報]『[ヴィジュアル版]テーマとキャラクターで見る世界の神話 上』 著者:テリー・アン・ホワイト / 出版社:原書房 / 発売日:2024年02月27日 / ISBN:4562073918
原書房
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