新体操の常識を覆し、「体重を減らす」から「増やす」指導へ──インターハイ常連校が取り組んできた、女子選手の体を守る「チームサポート」 #性のギモン
無月経は重大な健康問題 「教育者として間違っていた」
「いま一度、生徒の身体について学んでみよう」と、2012年に松本大学大学院に社会人入学した。すでに企業等で活躍している管理栄養士の同級生が、スポーツ栄養学を学び直す姿を見て触発された。 「中高生の新体操における骨密度と栄養」という研究テーマを設定。春・秋・冬と生徒たちの体組成を計測し、現状をデータで把握することにした。 計測をスタートした年の生徒は8人。ほとんどが骨密度が同年代比を下回り、そのうちの5人は無月経だった。 女性の身体は、初経を迎えたあとに骨が育ち(骨密度が高まり)、一生の骨量(骨に含まれるカルシウムなどのミネラルの量)は20歳前後までに決まる。運動量に見合った食事を取らないと長期的なエネルギー不足に陥り、エストロゲンが分泌されず、月経不順や無月経になる。低エストロゲン状態が続くと、骨量が低下して疲労骨折をしやすくなる。 さらに怖いのが、引退後に襲ってくる健康寿命の低下だ。20歳頃を過ぎると骨量は減少し、出産や閉経で激減する。初経から20歳までに“骨貯金”をしなければ、高齢期の早い段階で骨折しやすくなり、寝たきりになるリスクが高まる。
橋爪さんは、無月経は、アスリート生命どころか、引退後の人生に関わる重大な健康問題だと学び、愕然とした。 幼い頃から家庭の食事のバランスが整っていた生徒は骨密度が高く、ジュニア期に減量指導を受けていた生徒は骨密度が低いという傾向も見えてきた。 「私は今まで、生徒たちの骨密度も体脂肪率も、月経の有無も、何も知らなかったと思いました。『生徒のため』と疑わず自信満々に行っていた指導は、彼女たちの選手生命を奪ってしまうものだとわかりました。『痩せなさい』という言葉の投げかけや、目の前で体重計に乗せるというプライバシーに踏み込む行為も、教育者として間違っていたと気づいて、大きく反省したのです」
「体重を減らす」から「体脂肪率を増やす」へ。3年目で全国制覇
橋爪さんは、「体重を減らす」から「体重(体脂肪率)の適正化」へと、方針を転換した。具体的な目標は「体脂肪率18%前後、骨密度は同年代比100以上」。 「目指したのは、無月経をなくすサポートではなく、疲労骨折や貧血なども含めた生徒の身体を守るサポートです。結果として、無月経を防ぐことにもつながりました」 目標を達成するためには栄養学やスポーツ医学の知識が必要だ。橋爪さんは「一人ではできない。自分一人で何もかもやろうとしなくてもいいのではないか」と考えた。 長野県スポーツ協会では、選手や指導者への医科学的な支援事業を行っている。その一環として、国民体育大会の強化合宿等にスポーツドクターや栄養士、トレーナーなどを派遣する事業(マルチサポート事業)がある。橋爪さんはこれに申請し、費用を捻出した上で、上條さんと鈴木さんを招き入れた。 結果はすぐに表れた。卒業時点ですべての生徒が目標をクリア。月経に関しても、相談窓口である上條さんに「生理がきた」と報告して、喜び合う生徒もいた。 好影響は競技にもおよぶ。アジリティトレーニングによる俊敏性の強化も功を奏し、2013年にインターハイの女子団体で6位に入賞。2015年には念願の優勝を果たした。 この10年間で疲労骨折した生徒はほとんどいない。卒業生の9割が大学進学後も競技を続け、指導者になった者もいる。