マラネロのフェラーリ本社に新工場が竣工! 生産台数を増やすでもなくEVに特化するでもない「e-ビルディング」のホントの目的とは?
既存の生産設備を閉じることはない
3番目の理由であるカーボンニュートラルを実現するうえで重要な役割を果たしたのが、e-ビルディングをデザインしたマリオ・クチネッラだ。2025大阪・関西万博におけるイタリア館を設計したことで一躍、脚光を浴びたクチネッラは、イタリアを代表するサステイナブル建設の第一人者。彼がこのプロジェクトに関わることで、大幅な省エネ化が可能となり、カーボンニュートラルが実現できたという。また、自然光を多く採り入れた室内は明るく、作業空間が広々としているなど、作業環境の大幅な改善が図られたのもクチネッラの貢献といえる。 ヴィーニャCEOのコメントを捕捉すれば、e-ビルディングの新設に伴って既存の生産設備を閉じることはないという。したがって、全社的にみれば生産キャパシティは確実に拡大するが、それを生産台数の増大に役立てることなく、デザインや生産に手間がかかるパーソナライゼーションに費やすというところが、ヴィーニャCEOのコメントでもっとも注目される点である。
量(生産台数)よりも質(利益)の拡大に注力
以前からフェラーリは、急激な生産台数の増加は目指さず、多くの車種を少しずつ生産する方針であることを明確にしている。これによってモデルごとの希少性を高めようとしているわけだが、一般的にいって、希少性が高まれば利益率を拡大するうえでも有利になる。さらに、手間がかかるパーソナライゼーションの比率を高めることができれば、1台あたりの利益はさらに増える。つまり、量(生産台数)の拡大よりも質(利益)の拡大に注力しているのが、現在のフェラーリの経営方針なのだ。これを実現するのがe-ビルディングの大きな役割のひとつと見ていいだろう。
「生産設備の柔軟性」に秘められた建設理由
いっぽうで、ヴィーニャCEOが明言していない重要な役割をe-ビルディングは担っていると、私は睨んでいた。それは彼が語った「生産設備の柔軟性」という言葉にヒントが隠されている。 冒頭で述べたとおり、自動車産業界が今後さらに電動化へと向かうのは間違いない。ただし、それがいつ、どの程度のペースで起きるかは、誰にも予想がつかない。ここ2、3年、ヨーロッパだけでなく中国でもEVの伸び率が低下したことは、その端的な例証だろう。それでも自動車メーカーは電動化への準備を着実に進めなければならない。つまり将来動向が不確実ななかで、電動化への備えをしなければならないのだ。 このとき、もっとも有効なのは、エンジン車、ハイブリッド車、EVなどの比率がどのように変化しても対応できる柔軟な生産体制を確立することにある。BMWがひとつのプラットフォームでエンジン車、ハイブリッド車、EVを作り分けているのは、その代表的な対応策といえる。 つまり、予測不可能な将来への備えをすることが、e-ビルディングを建設する理由のひとつだったと考えられるのだ。この疑問をヴィーニャCEOにぶつけたところ、彼はあっさり「イエス」と答えた。そればかりか、筆者に向かって「あなたは現状をよく理解していますね」と語り、日本語で「アリガトウ」の言葉を添えたのである。 すでにスーパースポーツカー市場では不動の地位を確立しているフェラーリ。しかし、将来への備えについても彼らは万全といえるだろう。