ラップは息苦しい世の中の救世主になるか、「絵本」「社員研修」「大学教育」で広がるHIPHOP
「フリースタイル絵本作り」「ラップで自己表現」「ヒップホップの精神で社会貢献」――。行政や企業がラップを活用して、教育や自己啓発に生かそうという動きが広まっている。かつては「アウトローの音楽」というイメージも強かった若者文化に何が起きているのか?(デジタル編集部 古和康行)
社内研修で「ラップバトル」
「自宅でも音楽を作って発信できる時代になった今、ラップは子どものころの『道徳の授業』に近い存在かもしれません。いつか楽しい思い出として振り返ることもできる」
9月下旬、東京・恵比寿の喫茶店で取材に応じたTKda黒ぶち(TK)さんは、張りのある声で語った。
埼玉県春日部市出身のラッパー。「ラップバトル」ブームを生んだテレビ番組「フリースタイルダンジョン」では、挑戦者のラッパーを迎え撃つモンスターとしても活躍した。
自身がプレーヤーとして活躍する一方で、ブームの広がりとともに「教える側」になる機会が増えた。興味深かったのは、同じ母音をつなげる押韻など、「技術」を教えるレッスンだけでなく、教育を目的とする需要があったことだ。
印象に残っている授業の一つが、2022年に半年にわたって講師を務めた北海道の空調部材メーカー「ヤブシタ」(札幌市)での社員研修。
様々な部署から24人が参加したレッスンでは基礎的な技術も教えたが、最も強調したのが、ラップが息苦しい世の中を生き抜く「サバイバル・ツール」になりうるという点だ。
もともとは、差別や貧困などの困難に直面した黒人たちが、少しでも楽しく前向きになれるよう、自分の思いをリズムにのせて人に伝えたのが始まり。そして、その「困難を乗り越えるための知恵」は現代でも通用するというのだ。
「本当はお互いに腹を割って言いたいことを言い合えば、分かり合える。わかっているけど、大人になればなるほど、そういうのって難しくなる。職場だってそうですよね。音がない中、真正面から言葉を直接ぶつけると、ギスギスすることもあるし、それが嫌でみんな余計に本音を語れなくなる。だけど、ビートの上でラップとして表現するだけで、マイルドに、ポップに伝えられる」