アップル新製品群の“隠れた魅力”を紐解く 「カメラ機能の進化」の裏で飛躍的に進化する「音」の機能
「iPhone 16」及び「16 Pro」シリーズ、『Apple Watch Series 10』、『AirPods 4』――1ヶ月前に発表されたアップル社の最新製品ラインアップには、実はまだあまり語られていない特徴がある。 【画像】「音」にまつわる進化が著しい、最新のiPhone 16/iPhone 16 Proシリーズ AirPodsに関してはある意味当然だが、その他の機器でも「音」関連の機能が大きく進化しているのだ。じつはアップルの最新ラインアップは、音にこだわる人こそ注目すべきといっても過言ではない。 ここではアップルの最新ラインアップを「音」関連の機能の視点から振り返ってみたい。 ■音響効果を後から何度でも自由に変更できるiPhone 16及び16 Proシリーズ 9月新たに発表されたiPhoneは、鮮やかな5色のカラーバリエーションの標準モデルの『iPhone 16』と、スペックはほぼ同じで画面だけ大きくなった『iPhone 16 Plus』。チタニウム素材採用でシックな色合いのプロモデルの『iPhone 16 Pro』と、その画面を大きくした『iPhone 16 Pro Max』の4モデル。 これら新iPhoneは登場以来、AI処理に最適化された最新プロセッサの『A18(iPhone 16及び16 Plus)』と『A18 Pro(iPhone 16 Proと16 Pro Max)』の搭載と新しいカメラ操作専用のセンサー、カメラコントロールの搭載が話題になっている。それ以外の特徴としては、カメラ機能が高画質化されていることくらいしか知らない人も少なくないだろう。 しかし、実は新iPhoneの隠れた魅力は、オーディオ関連の機能のアップデートにある。 なんといっても素晴らしいのが、ビデオ撮影時に臨場感溢れる空間オーディオでの録音が可能になったことだ。さらにその音を後から加工できるオーディオミックス機能も搭載している。AI処理が得意なプロセッサを活用して屋外撮影時の音質を向上させる風切音低減技術も搭載している。 さらにiPhone 16 Pro/16 Pro Max限定となるが、4つのスタジオ品質のマイクを搭載し、新たに録音アプリ「ボイスメモ」でマルチトラックでの録音も可能になる予定だ。 1つずつ見ていこう。iPhone 16及び16 Proシリーズでは、ビデオ撮影時に通常のステレオ録音に加えて、音を立体的に再現する空間オーディオによる音の記録も行う(「設定」で「ステレオ」のみの収録や「モノ」での収録に切り替えることもできる)。 記録に使ったiPhoneはもちろん、ビデオを転送した他のiPhoneやiPad、Mac、Apple Vision Proでも、ビデオの音は立体的に再生される。 記録に用いられる圧縮方式(コーデック)はアップル社独自の「APAC」という形式で、今のところ対応した編集ソフトなどはないが、最新の「写真」アプリに追加された「オーディオミックス」という機能で簡単な音の編集ができる。 撮影したビデオを写真アプリで選択し「編集」ボタンをタップすると、画面の下に「オーディオミックス」という編集項目が表示される。これを選択するとビデオ中のミックス音を「標準」「フレーム」「スタジオ」「シネマティック」の4タイプのいずれかに変更し、ミックスの度合いを調整できる。 タイプごとの音の特徴は以下の通りだ。 標準:従来通りのバランス重視の音 フレーム:ビデオに写っている(フレーム内にいる)被写体の音だけを強調。例えば会話中の人たちの撮影中にカメラを左右に振って別の被写体を写すと、最初に映っていた被写体の声はカメラとの距離が変わっていなくてもだんだん小さくなる スタジオ:まるでスタジオ録音をしたように、雑音を取り払い話している人の声などを強調する シネマティック:臨場感重視で周囲の騒音などを背景音として積極的に取り入れる音作り 「オーディオミックス」による音の編集は「非破壊」、つまり、元のファイルには一切変更を加えず、いつでも元に戻せる形で行われる。 アップル社では空間オーディオの記録機能を近々APIとして公開予定とのことで、これが実現すればiPhoneを使って空間オーディオ録音をするためのアプリなども登場するかも知れない。 なお、空間オーディオでの音声記録は標準モデルのiPhone 16でも行うことができるが、スタジオ品質のマイクを4つ搭載したiPhone 16 Pro/16 Pro Maxの方が当然ながらより高音質での録音が楽しめる。 続いて屋外撮影で役立つ「風切り音低減」機能について。これはAI処理に強い最新プロセッサを活かし、人の声の収録中に邪魔になる“マイクによる風切音”を高度な機械学習アルゴリズムを使って除去するという機能で、ビデオ撮影時に風切音を探知すると自動的に発動し、風切音を抑えた状態で音を記録する。あえて風切音を残したい場合や、何らかの理由でうまく録音できないという事態に備えて機能をOffにすることもできるが、基本的にはOnになっている。 ここまではiPhone 16及び16 Proシリーズ共通の特徴だが、これに加えてiPhone 16 Proシリーズならではの特徴もある。 4つのスタジオ品質マイクを搭載し、より低いノイズフロア(電子回路が発生するノイズ)での高音質な録音ができることはすでに述べた通りだが、さらに今後のOSアップデートで録音アプリ、「ボイスメモ」が進化し、多重録音が可能になる。 製品発表の基調講演では、同アプリでギターの演奏を録音した後、ボーカルトラックを加えて再生する様子がビデオで紹介された。 この機能では、録音済みトラックの音をヘッドホンで聴いて重ね録りするのではなく、iPhoneのスピーカーで再生しながらその上に声を重ねることができる。この方法だと録音時にマイクがiPhoneから再生している録音済みトラックの音も拾ってしまうはずだが、これをAI処理を使って打ち消して追加トラックの音だけを録音する機能ということになっており、おそらくその分、処理が複雑なのか同じAI対応プロセッサでもiPhone 16/16 Plusには対応せず、Proシリーズのみの機能として提供予定だ。重ねられるのは2トラックまでで、その上にさらに音を重ねることはできないが、『GarageBand』などのアプリに取り込めば可能になるようだ。 ■内蔵スピーカーで音楽の再生が可能になった『Apple Watch Series 10』 これまでオーディオ機能についてあまり触れられることのなかった「Apple Watch」に関しても進化があった。ディスプレイを従来よりも大きな新開発の広視野角のOLEDに変更し、斜めから覗き込んだ時にも見やすく、省電力モードでも毎秒1回の画面書き換えを行うため秒針が消えないなど10周年モデルとして大きな進化を遂げたApple Watch Series 10。健康領域からも市販品としては世界初となる睡眠時無呼吸症候群の兆候を検出する機能(Series 9やApple Watch Ultra 2にも対応)で注目を集めているが、実は新たに時計の内蔵スピーカーで音楽やPodcastなどの音声コンテンツの直接再生が可能になった(これまではAirPodsなどのイヤホン経由でしか再生できなかった)。これは最新watchOS 11を搭載したApple Watch Ultra 2とApple Watch Series 10だけで利用できる。 Apple Watchは初代製品からスピーカーを内蔵していたが、音量が小さかったり、あまり良い音質で音を再生できないことから、これまではアラームや通知の音を発する以外には使われてこなかった。スピーカーを搭載しているなら、音質が伴わなくても音楽再生をさせてしまう「利便性」を優先する企業も多いが、一定の品質に達しないなら機能を提供すべきではないという「良い体験」重視のブランド企業・アップルとの製品開発姿勢の違いが現れるポイントの1つでもあった。 実は『Apple Watch Ultra』の開発でスピーカーの音量の問題はクリアしていたようだが、今回、それに合わせてApple Watchの小さなスピーカーでもより良い音質で音を鳴らすためのソフトウェア技術が開発できたということから、この機能の開発が解禁されたらしい。 それに合わせてApple Watch Series 10でも、従来製品よりも10%も薄型化しながら、個人で静かな場所で音楽を楽しむには十分な音量を出せるように製品内部のアコースティック設計を見直したという。 現時点では「Apple Music」や「Podcast」、「ボイスメモ」など限られた純正アプリしか内蔵スピーカーの利用に対応していないが、今後、他社製アプリでも利用できるようにするようだ。 ■手頃にノイズキャンセルを実現する『AirPods 4』と聴力の健康を守る『AirPods Pro 2』 アップルの「音」に関係するプロダクトで、おそらく最も成功しているのが「AirPods」シリーズだろう。2016年に登場したこの製品、最初は大成功を収めた音楽プレイヤー『iPod』の象徴だった白いヘッドホン『EarPods』へのオマージュのように、EarPodsからそのままケーブルを取り去ったような形をしていたが、その後、さまざまな機能を追加する中で形状も進化し、アクティブノイズキャンセリング機能を搭載した「Pro」シリーズや、高音質とファッション性を追求した『AirPods Max』といったシリーズの他製品も登場し発展していった。 今回、AirPods MaxはUSB-C充電端子の採用と5つのカラーバリエーションでリニューアルされた。 一番大きく変わったのは主流製品の『AirPods 4』。 基本機能だけのモデルに加えて、新たにアクティブノイズキャンセリング機能がついたモデルが登場した。標準AirPodsと言えばヘッドホンと耳の隙間を埋めるイヤーチップがないソフトな装着感のオープンイヤーヘッドホン。これでノイズキャンセリングをするのは技術的にも難しいが、アップルはそれを形にした。 もちろん、イヤーチップで耳を密閉するAirPods Proと同じレベルでノイズキャンセリング、というわけにはいかない。性能を聴き比べると高音ノイズのキャンセリング性能が落ちるなどの性能差はある。しかし、例えば飛行機や窓を開けた地下鉄での移動中の騒音やカフェでの周囲の雑踏を消して仕事に集中といったほとんどの日常利用で支障を感じることはないはずだ。 このアクティブノイズキャンセリング(ANC)機能がついたAirPods 4と、ついていないAirPods 4、価格差は8,000円(標準モデル:2万1800円、ANCモデル:2万9800円)。この価格差には十分見合う機能に仕上がっていると思う。 なお、ANCモデルには、実はノイズキャンセリング以外にも2つアドバンテージがある。ANC無しモデルと有りモデル、実は製品の見た目にはほぼ一緒だが、唯一、区別できるのが充電ケースの底面で、ANCモデルにはスピーカー用の穴が空いている。「なんでケースにスピーカーが?」と思うかも知れないが、これはケースの紛失時にiOSの「探す」という機能を使って音を鳴らし見つけ出すためのものだ(つまり、ANC無しモデルは紛失しても探すことができない)。 また実はこのANCモデルのケースのみ、非接触充電にも対応している。つまり、USB-Cのケーブルを挿さないでもQi(チー)規格やiPhone用のMagSafe、Apple Watch用充電器などの上に置くだけで充電ができる。 これだけできることに差があると、むしろ、あえてANC無しモデルを選択する理由を見つける方が難しい。 今回、このAirPods 4と、先に触れたAirPods Maxだけがリニューアルされて、人気の高いAirPods Pro 2だけは、製品のリニューアルが行われなかった。 しかし、実はこのAirPods Pro 2に関しても「音」に関わる非常に重要なアップデートが行われている。 それは「聴覚の健康」という一連の機能が追加されたことで、自分が「難聴」かを確認する「ヒアリングチェック」の機能、万が一、難聴になってしまっていた場合、周囲の人とスムーズに会話できるように助けてくれる「ヒアリング補助」の機能に加え、そもそも難聴になるのを防ぐ「大きな音の低減機能」も備えており、ヒアリングチェックの機能などは、厳しい審査基準を持つ厚生労働省にも承認されている。 「ヒアリングチェック」は聴力検査で世界的ゴールドスタンダードとなっている「純音聴力検査」に基づいた臨床レベルの検査。どの周波数帯でどの程度の聴力の減衰があるかを「dBHL(デービー・エイチ・エル)」という単位で記した聴力レベルのグラフを表示してくれる機能があり、診断後に問題が発覚して医師に相談する際に、結果をPDFとして出力する機能も備えている。 「ヒアリング補助」は音を増幅するだけでなく、音のバランスやトーンもチューニングしてくれる軽度から中等度の難聴者向けの補助機能だ。補聴器にかなり近い機能だが、どの周波数の音が聴こえていないかがわかるヒアリングチェックの診断結果に基づいて、自動的に利用者の聴力に最適化される。 また単純に人の声を増幅しただけだと、複数の人が同時に声を出している時に聴き取りにくいことに配慮して、自分の正面にいる相手の声だけを増幅するような機能も用意されている。 補聴器をつけたままでは電話の通話などが難しいが、その点もiPhoneとBluetoothで直接繋がるAirPods Pro 2なら問題なく快適に通話ができる。 このように「難聴」になってもサポートしてくれるAirPods Pro 2だが、世界に十数億人、日本だけでも1500万人いるという「難聴」者にならないで済むならば、それに越したことはない。アップル社でヘルスケア担当副社長で医学博士でもあるサンバル・デサイ氏は、難聴は孤立感を生むだけでなく、聴こえないからと聴くことを諦めてしまうと「脳が音を処理しないことに慣れて衰えてしまう問題もある」という。くわえてその結果、認知能力の衰えが加速するという危険性も指摘している。 この深刻な問題に立ち向かうべく、アップルはミシガン大学公衆衛生大学院および世界保健機関(WHO)と、長年にわたって「Apple Hearing Study」という難聴に関する研究を続けてきたが、その調査によれば「3人に1人は聴覚に影響を及ぼす可能性のあるレベルの大きな環境騒音に日常的にさらされている」ことがわかってきた。そこで開発されたのが「大きな音の低減機能」で、毎秒48,000回のスピードで周囲の音を検知して、耳にダメージを与えそうな大音量の場合には、音の特性を損なわずに音量を下げて耳へのダメージを抑える。 例えば急に間近でなった車のクラクションなどの大音量も、大きな音であることや何の音であるかはわかるが、耳へのダメージは低減される。 アップル社は、ハイダイナミックレンジマルチバンドコンプレッサの進化によって実現したこの機能の音質に自信があるようで、例えば大音量のライブコンサートなどでもAirPods Pro 2を装着した状態で参加することを推奨している。 映像の影響が大きい昨今のテクノロジーの世界で、実はアップルは我々を取り巻く「音」についても、これだけ真剣かつ多角的な取り組みをしている。この秋の新製品はそのことが伝わってきやすいラインアップだった。
林信行