ハロウィンに見る習近平政権の締め付け強化、オバケも逃げ出す監視社会の恐ろしさ
■ 習近平が恐れた「白紙革命」の再演 こうした雰囲気の中、警官隊は異様に神経質になり、ショッピングモールに飾った人形までも注意深く調べたりし、それをコスプレ群衆がはやし立てたりしたのだった。 こうした警官隊とコスプレ若者の奇妙な緊張感ある掛け合いは、それ自体が政治性を帯びたパフォーマンスに見えて海外メディアも「政治的ハロウィン」と報じた。こうした緊張感あふれる中国式政治的ハロウィンは上海だけでなく広東省広州や浙江省杭州、湖北省武漢でも出現していた。 当局は全国の大学を通じて、学生に西側のハロウィンパーティーに参加するな、コスプレをするなと通達を出した。遊園地なども、11月1日までコスプレ客を入園させないと宣言していた。 習近平が恐れたのは、「打倒習近平、打倒共産党」のシュプレヒコールが起きた2022年の白紙革命の再演だ。ボイスオブアメリカによれば、習近平はこの白紙革命後、上海市だけで3000のAIによる顔識別監視カメラを新たに導入した。 また全国で「投資に失敗した人物」「生活に絶望した人物」「人間関係を失った人物」「心理的均衡を失った人物」「精神失調の人物」を「五失人員」と分類して、新たな治安維持対象グループとみなして監視を強化。このほか、若者の失業率統計の公表を中止し、大学や専門学校には若者を卒業させずに大学院に進学させるよう指示し、若者の不満を抑え込もうとした。 もう一つ、習近平政権がハロウィンを恐れる理由として、ハロウィンウィークの最中の10月27日が昨年不審死した李克強前総理の命日であることを指摘する声もある。
■ 李克強の不審死から1年 李克強は2023年10月26日、上海市の幹部御用達ホテルのプールで水泳中、心不全となって翌日未明に急死。これを多くの人たちが「心不全させられた」、つまり暗殺ではないか、と疑っている。 昨年のハロウィンウィークは李克強の死を悼む集会が起きないように各地で警戒された。1989年の天安門事件は胡耀邦の死を悼む集会に端を発し、1976年4月5日の第一次天安門事件は周恩来の死を悼む追悼の花輪が撤去されたことがきっかけでおきた。人民から慕われている政治家の死は、社会の現状に不満をいだく若者の蜂起のきっかけになることが、共産党の歴史の中でしばしばあった。今年のハロウィンはまさに李克強の幽霊が上海の街を徘徊しかねなかった。 こうしたプレハロウィンの厳しい取り締まりの効果もあり、ハロウィン当日の10月31日の上海の街角はコスプレイヤーどころか、外を出歩く人もまばらで静かな夜となった。皮肉なのは、米国のホワイトハウスのハロウィンパーティでバイデン夫人のコスプレがパンダの着ぐるみで、それを見つけた新米駐米中国大使の謝鋒がSNSのXで「素晴らしいコスチュームだ、みんな、ハッピーハロウィン」と喜びと祝賀のメッセージを投稿していることだ。 習近平はハロウィンをことほどさように恐れている。だが、実際は習近平政権の方が、ハロウィンのゴーストたちもはだしで逃げ出すほどの恐ろしい化け物であろう。 福島 香織(ふくしま・かおり):ジャーナリスト 大阪大学文学部卒業後産経新聞に入社。上海・復旦大学で語学留学を経て2001年に香港、2002~08年に北京で産経新聞特派員として取材活動に従事。2009年に産経新聞を退社後フリーに。おもに中国の政治経済社会をテーマに取材。主な著書に『なぜ中国は台湾を併合できないのか』(PHP研究所、2023)、『習近平「独裁新時代」崩壊のカウントダウン』(かや書房、2023)など。
福島 香織