「私たちは東京進出しない」…大ヒットコンテンツ「初音ミク」を生み出した会社があえて北海道に残る理由
■生身の歌手にはない初音ミクの強みとは 巻き起こったブームはやがて飽きられ、宿命的に終わりを迎えるが、ボカロブームには陰りが見えない。 音楽ジャーナリストの柴那典氏は「現在のボカロシーンは新たな黄金期に入った」と説明する。米津玄師やYOASOBIなど初音ミク向けの楽曲を書いてきたアーティストが音楽シーンを席巻し、その影響からボカロを始める人も増えているからだ。クリプトンはこの状況をさらに加速させようとしている。 初音ミクのソフトウエアは、07年発売の「VOCALOID2 初音ミク」以来バージョンアップを重ねており、2024年10月23日には「初音ミク NT ver.2」(Early Access版)が公開となり、来年には最新版「初音ミク V6 AI」がリリースされる予定だ。 「VOCALOID2 初音ミク」から製品の企画・開発に携わり、「初音ミクの生みの親」と呼ばれている音声チームの佐々木渉マネージャーは、「初音ミク V6 AI」では「多様性のある初音ミクをお届けする」と語る。 「『初音ミク V6 AI』には、ヤマハの最新歌声合成ソフトウエアである『VOCALOID6』を採用しています。VOCALOID6にはAI技術を用いた新合成エンジン『VOCALOID:AI』が搭載されていて、アクセントやビブラートといった歌唱表現を素早く調整できる機能や、日本語や英語を織り交ぜた歌詞を流暢に発音させる機能が備わっています。AI技術を用いることで、初音ミクの歌声の幅が今まで以上に広がります」 初音ミクの新しいソフトウエアが出るたびに、クリエイターが本気で曲をつくり、それを聴いたファンが熱狂する。初音ミクとクリエイターとファンの循環が続く限り、ボカロブームに終わりはない。 現状、初音ミクのライブは機材の都合もあり、立て続けには開催できない。しかし、環境さえ整えば、VRとして時空を超えたライブを開けるはずだ。これは生身のアーティストには絶対にできない強みだろう。 はたして「電子の歌姫」がライブシーンでも人間を圧倒する日は来るのか。北海道で誕生して世界中に愛されるようになった初音ミクの、今後の展開から目が離せない。 ※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年10月18日号)の一部を再編集したものです。 ---------- 伊藤 博之(いとう・ひろゆき) クリプトン・フューチャー・メディア代表取締役 北海学園大学経済学部卒業。北海道大学工学部職員を経て、1995年7月にクリプトン・フューチャー・メディアを創業。「初音ミク」「鏡音リン・レン」など数々のヒット商品を生み出した。2013年、藍綬褒章を受章。 ----------
クリプトン・フューチャー・メディア代表取締役 伊藤 博之 文=本誌編集部