減税と防衛費増税の議論で難航する2025年度税制改正審議
103万円の壁対策で国民民主党は譲歩を見せない
自民党税制調査会は11月6日に非公式の幹部会合を開いた。自民党税制調査会は、10人弱の「インナー」と呼ばれる最高幹部が非公開の場で方向性を決めてきた。省庁や業界の利害調整を担うことで、絶大な権限を振るってきたという歴史がある。 しかし、衆院選で与党が過半数の議席を失ったことで、自民党税制調査会も大きく変質しつつある。自民の宮沢洋一税制調査会長は6日の幹部会合後に、「国会で可決できる案を作るのはなかなか大変な作業だろう」と述べ、野党との協議の難しさを正直に認めた。野党の意見を取り入れて調整しないと、国会で税制改正は成立しなくなってしまった。インナーと呼ばれた議論の秘匿性も失われ、議論の透明性も一気に高まるだろう。 2025年度の税制改正大綱で焦点となるのは、第1の税控除の見直しだ。国民民主党は103万円の壁対策で、基礎控除などを103万円から178万円に引き上げることを求めている。自民党税制調査会内では、国民民主党案では巨額の税収減になることから、修正を求める意見が多いとみられる。また、103万円の壁対策だけでなく、6つある年収の壁全体を超長期的に見直していく議論を並行して行うことを主張する声もあがっているという。 また、国民民主党はガソリン税の上乗せ部分を取り除くことでガソリン価格を引き下げるトリガー条項の凍結解除を求めている。
漂流を続ける防衛増税
第2の焦点は、防衛増税だ。岸田政権は、2022年に防衛費増額を決めた。2023年度から2027年度までの5年間に防衛費の総額を約43兆円にすると決め、その財源は歳出改革や剰余金の活用、増税などで調達するとした。このうち法人、所得、たばこの3税の増税については、2027年度にはそれで1兆円規模を確保する予定だ。 しかし自民党内で反対意見が出されたことから、2022年の2023年度の税制改正大綱には「24年以降の適切な時期」に実施とのみ明記された。さらに翌年の2023年の2024年度税制改正大綱でも、増税批判を避けるため具体的な実施時期に踏み込まず判断をさらに先送りしたのである。防衛増税は漂流してしまっている。 防衛費の歳出増は2023年度に既に始まっており、仮に2025年度の国会で防衛増税を決めてもその実施は2026年度であり、5年間のうち2年間の財源を賄えるに過ぎない。その結果、防衛費増額の一部は、既に赤字国債発行で賄われているのである。 石破首相は衆院選の論戦の中で、既に閣議決定されていることから、防衛増税の実施時期を「年内に決着させなければならない」と強調していた。しかし、自民党内では、来年の参院選に与える悪影響に配慮して、増税に反対する意見は多い。また、国民民主党は、防衛増税に限らずすべての増税に強く反対している。他の野党も総じて増税には反対だ。 実際、防衛増税は今回の2025年度税制改正大綱でも先送りとなる可能性が高まっている。他方、国民民主党が求める103万円の壁対策での基礎控除などの引き上げやガソリン税のトリガー条項の凍結解除については、着地点が全く見えていない状況だ。 年末の税制改正議論が、異例な混乱を見せる中、自民党税制調査会が築き上げてきた権威も、大幅に低下することが避けられないだろう。 (参考資料) 「自公連立、26年目の試練 少数与党の合意継続確認 野党の賛成必要、意思決定複雑に」、2024年11月10日、日本経済新聞 「防衛増税、与党に慎重論―衆院選大敗、野党は反対」、2024年11月9日、共同通信ニュース 「「103万円の壁」解消、是非を議論 自民税調が始動」、2024年11月6日、日本経済新聞電子版 「「聖域」自民税調 弱まる権限*改正大綱決定へ野党と調整不可避*ベテラン顔ぶれも変化」、2024年11月7日、北海道新聞 木内登英(野村総合研究所 エグゼクティブ・エコノミスト) --- この記事は、NRIウェブサイトの【木内登英のGlobal Economy & Policy Insight】(https://www.nri.com/jp/knowledge/blog)に掲載されたものです。
木内 登英